2022.08.16

ビジネスというのは、軽薄でいい。全面同意でなくとも、消費はできる。感情には部分否定がない。けれどもお金は感情と関係なく使うことができる。

きのうの日記にこう書いたけれど、社会の血液のようなものに過ぎない金銭を、敵に送る塩のように感じてしまうというのは、まさに世が貧しくなっている結果だな、とも思う。お金というのはひとまず回っているのが健康なのだが、お金を使うことが身を切って血を流すこととほとんど同義である状況もよくわかって、どうせ絞り出すなら自分にとってよりよい目的に資する形に使われてほしいという願いは切実なものだ。やはり僕は金も資源も余って、誰もが深く考えず浪費する社会がいいと考えてしまうが、そんな社会があったとも、来るともあまり思えない。

子供の頃は「みんななかよく」と教えられる。成熟とは、この標語の修正なのだが、友敵理論的な政治理解は「みんな」に欺瞞を見出し「なかよく」に比重を置く。けれどもそれはむしろ幼稚さの温存ではないだろうか。むしろ欺瞞を指摘すべきは「なかよく」に対してであって、「みんなで(なんとか)やってく」方向を目指すことこそを成熟と捉えた方がよさそうに思う。

昨晩は祖父が二階に敷いた布団で眠り、今朝は祖父がたっぷり淹れたコーヒーを三杯飲んだ。おやつに水ういろうとハーゲンダッツ。昼はとろろ蕎麦。祖父がパソコンで何やら作業をし──株だろうか──、祖母がテレビを見ている横で本を読んでいた。傘寿を越えた二人を手伝うこともせず、だらだらと過ごす。昨日のように街中を歩くのに付き添ったり、電車の乗り換えを手伝ったりするのはいいのだが、二人の家の用事をどこまで手伝うかとなると躊躇いがあるというか、二人が世話を焼くというのなら甘えたい。来訪者の役割は、その家に余計な用事をもたらすことだ。一四時ごろ、暇を告げると名残惜しそうにする。子供の頃は夏休みの終わりに祖父母の家をさる時さびしくて泣いた。そのころのさびしさの残響が今も鳴り止んではおらず、いつもすこし心細くなる。祖母から分けてもらったマスクはぎりぎり顎が隠れるくらいの小ささで、その窮屈さが家の前の直線を歩き切るまでいつまでも手を振っている姿と接続されて、今日一日の風景につねに重なっていくことになる。

白楽で下車。改札を出て右手の緩い坂を上っていく。左手は下りで、坂を下りきったところにサリサリカリーがある。かつてはこちらにお店があった。道が平坦に近くなり、見慣れたコーヒー屋があり、その向こうにも随分お店が増えたようだ。Tweed Books。何年振りだろう。移転してすぐのころと、その翌々年くらいに伺ったはずだから、四、五年前になるだろうか。あとで細川さんとお話ししたところお店は七年目だと言うから、もっと前かもしれない。たしか結婚してすぐだったか同棲したてだったか。本を買うのはやめられないというのは一緒に暮らし出す前にしっかり伝えた方がいいですよ、僕は結婚前に僕の本と服の収集癖だけは譲れない、そういうものだと観念してくれと伝えましたから、とアドバイスを受けた記憶がある。店内をたっぷり三周して、やっぱり僕は入って右側の文学の棚と、左奥の凹みにある人文コーナーが好きで、そこに長く籠る。荷物の制約で今日は二冊か三冊が限度だろう、アーレントの『革命について』と三周目にようやく目に留まった『イエティ』の本が面白そうだったので買うことに。山田登世子の著作も豊富で、どれか一冊買おうと考えていたのに忘れてしまった。また行こう。レジ前には井上究一郎訳の『失われた時を求めて』が揃いで置いてある。『プルーストを読む生活』は海外文学のコーナーにでんと置かれていた。レジ打ちの際、アーレントは読まれるんですか、と細川さんが声をかけてくれて、入門書ばかりでちゃんとあたったのは『人間の条件』くらいですねえ、と応える。あれはみすずの『活動的生』のほうがずっと読み易いんですよ、とのことで、変わらず博識で軽妙な店主の語りに嬉しくなる。そこから楽しく古本談義。個人的な横浜時代によく来ていたこと、いまは本を出して、それがここに巡ってきたことがとても嬉しいこと、その本に間接的にこのお店の記憶も書いてあったと思うこと、などを伝え、最初は覚えていなさそうだったのだけど、あれこれ話すうちにパチンと手を打って、ああゾラの本を買っていきましたよね! と目を細める。すごいな、よく覚えている。大して買っていないくせにお喋りが楽しくなってすっかり長居してしまった。感染症のこと、会社のことなど話していくうちに、前ここに来た自分とは考え方がだいぶ隔たっているなあ、と感じる。あのころと共通するのは本を読むが好きだというのと、細川さんのような年上の人物に懐いてしまうということだ。これもご縁なので、お帰りになったらあの本を引いて読んでみますね、と言うのはお世辞ではなさそうで、じっさいお店をあとにするとき、さっそく本を手に取ってこちらに掲げて見せてくれた。格好いいなあ、次は何年も空けず、すぐ再訪したい。奥さんにもサリサリカリーを食べてみてほしいし、周辺のお散歩マップももらったから今度は二人で来よう。

お会いできてよかったな、としみじみしながら、せっかくだから妙蓮寺まで歩いてみるが、生活綴方はお休みの日。深追いせずに帰ることにする。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。