明け方に目が覚めて携帯をいじっていたが、九時にヤマトが来て、起き出した奥さんが今日は家でのんびりしよっか、と言うのでわかった、もっと寝る、と応えてそのまま午後まで寝た。よく寝た。奥さんはつまらなそうに、思ってたのんびりと違う、と言う。のんびりというのは目を開けて縦になってするものだ。しまったことだった。
お昼を食べに出かけると近所のファミレスは月末で閉店すると知る。使い勝手がよかったからかなり残念。もうこのお店のない未来が利用期限のクーポンを使って食べた。冷めると油の臭いがすこしつらい。
そのまま表参道まで出て、ABC に寄った。今朝見たビデオでピエール瀧が滑っていた。夏葉社の手帖が欲しかったので、本を買った。家を出る前に数えたら家には八冊すでにある。吟味して、『近代日本の文学史』と『第一藝文社をさがして』に決めて、ついでにここで買うと決めていた『ひとり出版社入門』も手に取る。店内の棚に見つけられなくて、ちょうどイベントが終わったところのようだった会場スペースの物販から一冊取った。手帖ももらえて嬉しい。オレンジと緑。字の練習も兼ねてどんどん書いていこう。きれいな手帳はもったいなくなって書かずにいることが多いから、ちゃんと使ってあげたい。
ビリケン・ギャラリーに石黒亜矢子の展示を見に行く。歩きながら知性の個別性、自治の戦略について、すれ違いつつも白熱した雑談。奥さんは地図を見て迷いながらの応答で余裕がなかった。隣で道も調べずにズレたことをぴゃーぴゃー話し続ける夫がすこし鬱陶しかった。可愛い異形のものたちを眺めたあと、ギャラリーを後にして話の続きを促すとだんだんと話の筋道がまとまってきて、これからどこ行く、と聞かれたので、渋谷、と応える。渋谷への下り坂に差し掛かったところで知の分類の話と自治の話が、GLAYやL’Arc〜en〜Ciel のようなメジャーとうゆにのようなニッチの対比として喩えられ、後者のような経済の論理からは小さいとされてしまうものを展開していく拠点をどう維持していくかを考えていきたいのだというところに収まっていったが、渋谷、と応えながら行きたかったのはグラニフで、それは原宿方向に歩くべきだった。そのまま辿り着いてしまった宮益坂上の交差点から大回りして、明治通りを北上して原宿まで戻ることにして、よく歩きよく話すデートとなった。グラニフの石黒亜矢子コラボはもう何回目だろうか、今回は買うほどのものではないかもしれない。しかし二人とも疲れて、判断力がない。近くのカフェで一度休憩を挟む。もう一度グラニフ。やはり何も買わないと決めた。
この島は台風と低気圧とに東西から挟まれていて、帰り道で夫は顔色がどんどんガマガエルみたいになって、無印に寄ったがここでも何も決められず、奥さんは行きたかったスタバは諦めた。どのみちお腹がいっぱいのままで、入りそうになかったが、夫はしきりに、僕の具合が悪くなっちゃったからだよね、とこれ見よがしにしょげてみせる。なんでもいいからさっさと帰るべきだった。帰って、さっさとシャワーを浴びて布団に転がる。頭痛薬も飲んだからだんだんましになる。憂さ晴らしにジナコさんを呼んだが、見事なドブだった。夕食はお粥で助かる気持ち。洗濯機も回した。日記は洗濯が終わる十七分前から書かれ始めるが、奥さんが干し始めてもまだ書き終えられなかった。奥さんは小物類を干し終えて、それでもまだ書かれ続けた。夫の担当であるTシャツやズボンなどの大物は、しばらく湿ったまま風呂場の蓋の上に放置された。
