2022.10.10

昨日は奥さんとデートの日。清澄白河の楽庵というギャラリーでガラス展を見る。奥さんは先日ひとりで見に来て決めそびれて帰ってきた。今回は僕が隣で唆し、決断を急かすことでとびきり綺麗なコップを買うところまで伴走する。門前仲町まで歩いていく道の橋の手前で小腹が空いて、伊勢屋でおにぎり、いなり、豆大福、芋羊羹を買う。道の向こうの公園のベンチで食べる。おかかのおにぎりは具がぎっしりで、芋羊羹もおそらくすこしの醤油が利いていてほっこり美味しい。満足げに門前仲町まで歩いて、通りの看板を品評したりして遊ぶ。

早稲田に出て、甘露。ここの季節のパフェに奥さんの好物のクワイが使われていると知り来たかった。整理券をとって、馬場までの道のりを歩いて往復する。もう十年ちかく経つのだ。まだある店と新しい店との区別もあまりつかない。早稲田松竹では『親密さ』をやってる。どこかで観たいが、一日仕事になるから覚悟がいる。TSUTAYAがないのがいちばん寂しい。ロータリーの手前で折り返して戻るとちょうどよかった。奥さんはパフェ、僕は梨のプリンにして、お茶を何杯も淹れながらのんびりする。このままゴールデン街に行くつもりだったのだけど、目当てのお店が日祝休みで立ち消えになった。その時間で『HiGH&LOW THE WORST X』を観てみるかあということになり、チケットをとる。

名前が変わったあゆみブックスをのぞくだけのつもりで文庫を四冊。移動のお供は『ホラーの哲学』と『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』で、それはこれ以後もそうだった。買った本はいくらでも待たせることができるのがいい。買ってすぐ読むなんてもったいない。せっかく買ったのだから自分で買ったことを忘れるくらいまで放っておきたい。とくに文庫はすぐに棚の中に紛れるから、こういう遊びがやりやすい形をしている。

映画の時間まで大衆居酒屋でかるく一杯。中華麺の気分だったのでまずはそれを食べ、串やオムレツやビールでお腹いっぱい。ほんとうはマカロニサラダと冷やしトマトの気分だったけれど、意外にもどちらもなくて、店構えからあきらかにありそうなものなのに、となんの根拠もない驚きをおぼえた。

映画は、僕はドラマを捨てて暴力に全振りするハイローの潔さが好きだったのだよな、という出来で、簡潔に言えば非常に冷めてしまった。おかげで日記を書く気も起きず、一行で済ませる。口直しに過去作の暴力シーンだけを見返して、やはりもとのシリーズはめちゃくちゃ面白かったよな、と思う。小学生レベルのシナリオと人物設定を、肉体言語の雄弁さで補ってしまうその痛快さ。とにかくコミュニケーションといえばアクションで、台詞がほとんど虚無なぶん、重心の移動によって表現されるものの多彩さが映える。そうだ、僕にとってハイローとはこれなのだ、と確認して眠る。

それで今日はNetflixの日。お出かけする奥さんと焼肉ランチして、解散。僕は家に帰って『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観る。これまでのヴァイオレットの道程を知っているからこそ男どもの自分本位な心配や同情や過保護が鬱陶しくて仕方がない。風景や所作で語るアニメーションの見事さは現在だからこそ、ここにきてシナリオのいけ好かなさが際立ってしまって、クライマックスの視覚の悦びと感情のドン引きとの不協和音が閾値を超えてしまった感じがある。とはいえ冷静に思い直すと『うさぎドロップ』のように露骨に性愛であると明言することはしないあたり、抑制の効かせ方はまだいくらかマシだったといえるかもしれない。なんにせよ男たちの傲慢と甘えがキモい作品だった。

なんか作品観ても文句ばっかりで自分がつまらない。気晴らしに『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』を観てみる。いまはこういう水戸黄門みたいなわかりやすくスカッとするのが観たかったんだな、と思う。『SHERLOCK』のカンバーバッチに通じる魅力を主人公に感じてしまう自分にモヤモヤしつつも、あまりいやらしさを感じないままエンタメとして楽しめてしまう、このバランスはいったいどんな要素で決まるんだろうな、と不思議だ。三話になって一気に踏み込む感じがあって、ここでなんとなく信頼できる度合いが定まった感じがある。邦題に感じる欺瞞を晴らしてはくれた。本筋とは関係のないところだけれども、韓国語の語彙ではイルカもクジラなのだろうか。イルカとクジラは確かに海に棲む哺乳類という意味では同じ語彙でまとめたほうが分かりよい気もするし、ということはシャチとかもクジラだろうか。韓国語のクジラを検索しようとして、すぐ知るのがなんとなくつまらなくて止めた。検索して簡単に納得してすぐ忘れてしまうよりも、些細な問いをいくらか仕込んでおいてふいに知るまで持っておくほうが好きだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。