2021.01.10(1-p.365)

昨晩のZINE版の2巻の感想が嬉しくて奥さんにも見せびらかしていると、1巻では「奥さんが変にキラキラとしたひと」だったと言う箇所で、わかる、と言った。しかし読む人によっては2巻も引き続き変にキラキラしているだろう。書いている本人の何一つ疑いなく相手のことを肯定している身振りは、そういう屈託のなさを実感していない時期に読むと異様なものに映るものだ、とのこと。本人が当たり前のように思っていることほど、はたから見ると異様なのだ。僕は自分は大して本を読んでいないし、別に読書は知識のためのものでもないが、本をより楽しむための基礎知識がなさ過ぎるとすら思っているが、これも見る人の性質によっては僕の読書量や幅はじゅうぶん異様なのだろうし、逆にやっぱり浅はかでつまらないやつでもありうるだろう。要はどんな視座から判断するかの問題で、きのうの繰り返しになるが普通など存在しないのだ。見方によってはどこかみんな異様なはずだ。

 

きょうは高橋さんに会いに学芸大学へ。SUNNY BOY BOOKS 。お店の前には入店待ちの列ができていた。『プルーストを読む生活』があるな〜と思う。ON READING とこのお店とが、合本版の形を考えるときの指標だったから、都内でいちばんに来るお店はここがよかった。間芝さんの山のやつと『都会なんて夢ばかり』とfancomi 『That’s Another Story』を持って新店長さんに会計をしてもらう。fancomi さんのやつの値段がよくわからず、お店の前のベンチに座る高橋さんに値段を教えてもらう。さっき並んでいたと思ったのは高橋さんで、気づかずにいたので変なタイミングでのあいさつだった。お知り合いですか、と新店長さんに訊かれ、プルーストの、と応えると、あああの! みたいに反応をくださって、ニコニコとお話しをした。ポイントカード忘れちゃった、と言うと、なんとでもなりますので〜、と対応くださり、気持ちのいい対応だった。会計後外に出て、高橋さんとお話しする。店に立つ人が変わっても何も変わらないみたいなことがしたい、とおっしゃっていて、嬉しくなる。これからも来よ、と思う。べつに最後のつもりでもなくて、でも高橋さんと会えるのは最後かもと思っていたから、お店自体が変わらないのであれば直接に顔を見れなくても棚を介して会うことはできるなあ、みたいなことを考えていた。ひとりの客とお店との付き合いというのはそういうふうでも全然なりたつ。それはいいことだと思った。

駅の近くのおいしいクレープ屋さんにはじめて行って、おいしいクレープを食べた。ポッドキャストの感想ツイートを見ながら、こうして感想を形にしてもらえるのはすごいことだ、そして全肯定されるより、差異や違和感を言葉にしてもらえた方がずっといい、ぜんぶをいいねと言われると膨らませようがないが、違っているところが浮き彫りになると話し方や話すことが変わったり新たになったりして、語りがまた語りを引き出す。僕は文章はとりあえずその文章の論旨や気分になるべく沿うように読むが、ラジオなどの声についてはけっこう反発や違和感を覚えがちだった。文字よりも声の方が他者性が色濃く、じぶんの立ち位置を表明したくなりがちだと思っていて、それが声のいいところだったし、僕はこの日記は文字だがすこしでも声っぽくなればと思いつつ書いている。説得も説明もしたくはない。ここに書かれていることと関係なしに思い出したことや考えたことを教えてもらえるととても楽しいし、それはポッドキャストの方もおんなじで、ちがえばちがうほど面白いねえ、と思う。聴いてくれている側が面白くないというか、嫌な気持ちになっていたらそれはごめんなさいと思う。

 

こんどは両国で、YATO さんに行った。『プルーストを読む生活』を置いてくれていて、松井さんが全然お店の写真をあげてくれないのだけどそこで買った本の顔ぶれがいい感じだったから、行くのが楽しみだった。ひと目で好きな棚だった。なんとなく蔵前の近所という気分が強くて、松井さんがいつだか推していた『本屋がアジアをつなぐ』を手に取る。奥さんがあなたの推しと推しだよ、とみすずの『ドゥルーズとマルクス』という本を持ってきてくれる。ドゥルーズとマルクスというのはドゥルーズが、というかドゥルーズ+ガタリといえばフロイトかマルクスなのでわかりやすい組み合わせではある。買うことにした。ドゥルーズとマルクスといえば〈スユ=ノモ〉の李珍景だから、『歩きながら問う』を見つけて嬉しくなった。この三冊に決める。店主の方が、『歩きながら問う』は古本ですが大丈夫ですか、と訊いてくれる。もちろん良い。それから、あ、そのトートは、H.A.B さんの、と気がついてくれたので、そうなんです、そして僕はそのH.A.B さんから『プルーストを読む生活』を出してもらった者です、と自己紹介する。ああ、嬉しいです、その本、もともと僕のなんです、とにっこりしてくださる。僕は調子に乗って、棚に並ぶ顔ぶれに、『プルーストを読む生活』のころの気分と響き合ういくつもの本があって、この本はこのお店ととても相性のよいのでは……? と感じました、などと言う。長く売っていきたい本ですね、という言葉がとても嬉しかった。速さはいらないので、じっくりじんわり売れていって欲しい。でも安心もしたいので三刷くらいまではすごい勢いで売れて欲しくもある。

それで帰りすがらケーキを食べてほくほく帰った。日記を書いて、これから録音。奥さんは靴を脱ぐと足のどこかの指の爪が隣の指に刺さって血が出ていた。あらまあ、どうりで足が痛かったわけだ、とのんきそうだった。夕食後こんどはピアスの穴からめっちゃ血が出た。鼻をかんだら鼻血も出た。口の中も奥歯がほっぺを刺激して痛いらしい。にわかに奥さんは流血のデパートのようだった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。