九時過ぎには家を出てそんなこと出勤の日でも稀だからふたりともそれだけで満足しかけていたが、なんとちゃんと電車にも乗れたし時間通りに目的地についたのだった。表参道で奥さんは着るものについて総合的にいろいろを診断してくれるやつに行った。僕は美容院に行った。毛先にだけパーマをかけてもらった。じつに五六年ぶりのパーマだった。一〇代は山中さわおに憧れていたからわしゃわしゃのパーマをかけていた。お金なかったくせにとも思うが服に金をかけられないぶん髪がてきとうにしておいてもあるていど格好がつくというのはそれなりに合理的でもあったはずだ。格好がついていたかは知らないが。ジリ貧のくせにパーマネントをあてるということの意味を考え『非国民な女たち』を思い出す。パーマのためにちまちまと髪を束で取って紙みたいなので包んでからねじってピンで止めるという作業が繰り返されて安っぽい大仏みたいになっていくのを眺めるのは愉快で、髪をくしゃくしゃにうねらせるために人がわざわざ苦労しているというのはどうにもばからしくていい。できあがって、僕は前髪を簡単に流せる程度にかけたかったのだがかかりにくい髪質からしてはじめはすこししっかりめにかけたほうがいいというので思ったよりもくるくるだ。懐かしい顔がそこにあった。僕は顔が老けたわけではなく、髪を巻かなくなっただけだったのかもしれない。なんというか、ものすごく幼い顔がそこにはあった。頼りなさそう、と感じる。改めて、僕はパーマ似合わないな。大学の頃の知り合いは僕が癖っ毛だと思い込んでいて、久しぶりに会うとストパーかけたんですかと言われるくらいだ。とにかく僕は直毛でそれが嫌で仕方がなかったはずなのだが、明らかに僕は直毛が似合う。
奥さんと合流して、山長で味噌煮込みうどんを食べる。全粒粉の麺は確かに美味しかったが、つゆはスガキヤのインスタントがじゅうぶんにおいしい。味噌煮込みうどんはインスタントでもかなりのもので、だからちゃんとしたのを食べても別物みたいな感動はないのだと知れた。これからずいぶん歩くだろうからと渋谷までは北参道から電車に乗った。渋谷ではまずMODI の座れるところで奥さんがもらってきたアドバイスや資料の吟味と作戦会議。きょうはアクセサリーとワンピースを狙うことに決まる。パルコでアクセサリーを見てここを基準点とする。それからZARA を見て、すこしくたびれたので休憩しようと彷徨っていると聞き慣れた声がするので振り向くとついこのあいだ三島であった名古屋の幼馴染がいた。そういえばきょうは推しの俳優のイベントで渋谷にくるのだと話していたが、こんな近所のダイエーみたいなノリで遭遇するとは思わなかった。へろへろだったのと驚きのあまりものすごくあっさりとした反応しかできなかったが、へらへらと手を振った。椿屋に落ち着いて、アイスカフェオレとあんみつで回復。アイスカフェオレは氷が凍らせたコーヒーで、時間が経てば経つほど味が濃くなるのですごくよかった。そろそろ出ようと立ち上がると仕切りの向こうの席では黒づくめの男女がソファに横並びで座っていて、テーブルに広げられた本に向かって一心に祈りを捧げていた。硬く組み合わされた両手には十字架が握られていて、二人とも涙ぐんでさえいるようだった。
H&M に行くと思っていた以上に安っぽくて、フライングタイガーみたいだった。こんなにだっけ、と思いながらさっさと退散。西武にも行ってみることにしてここの四階のショップであれこれと試着してみる。ワンピースを二着、ボトムスを四着くらい。いったんクールダウンで店内を検分し、またトップスを二着とワンピースを二着。ここである上着を羽織った瞬間に、大正解じゃん、とふたりともわかった。あまりにもドンピシャで似合う服を着るとほんの一瞬でびしっと決まるものなのだとわかった。その上着を中心にあれこれとコーディネートを試してみて、上着とピアスを購入。
いやあ、いい買い物だったねえ、と満足しつつ閉店間際のヒカリエもひやかして、そのあとハブモアカレーで夕食をとる。アスパラガスと舞茸のライス、豆カレーに白菜のポタージュ。チキンカレーも。たいへんにおいしい。移転前からとても好きなお店で、本棚には名著『謎のアフリカ納豆を追え!』などが挿さっている。世界のジャガイモ料理をあつめたレシピ本が気になった。恵比寿まで歩いて電車に乗る。
今日の歩数は僕は20,061だった。奥さんは22,228歩。ディズニーランド並みの歩数で、これだけ一日中歩き回って不機嫌にもならず仲よく楽しくできるというのは快挙だし、その快挙をとくだん珍しいことでもなくやってのけるから二人はすごいね、と褒め称え合った。『リーガリー・ブロンド』から二十年以上経っているけれどいまもパーマをかけた当日の洗髪はだめなのだろうか。パーマ液の犬臭さはあいかわらずで、だからだめかはわからないがシャワーしてしまった。湯船のなかで日付を越して『正反対な君と僕』を読む。んひぇヒ…
