2023.04.08

今日は夕方から双子のライオン堂でイベント。随筆かいぼう教室にゲストでお呼ばれしている。僕はこのイベントをとても楽しみにしていて、朝からずっとうきうきしていた。午前中にコーヒー豆を買いに行きがてら散歩をして熱をさます。このままのテンションでいくと嬉しさのあまり部屋中を駆け回る犬みたいになってしまいそうだったから。『幽幻道士』をスクリーンに投影しながら持っていく本を厳選し、トーク用のメモをA4一枚にまとめる。どうにか20冊に絞った。

ポッドキャストのゲスト回や、トークイベントにお呼ばれするときは五時間くらい一人で喋れるくらいの内容を考えておく。そのうち本番で話すのは多くても15分くらいで、あとはその場の流れでぽっと出てきたやり取りができた方が楽しい。準備とは肥やしみたいなもので、直接披露するものでもない。

雨が降りそうで降らないいちばん苦手な天気だったので昼過ぎに眠たくなって、共有いただいていた前回までのアーカイブを聞き返しながら昼寝。起きてもまだ降っていなかったので早めに赤坂に。けっきょく今日はほとんど降られずに済んでよかった。

『差異と重複』納品ぶんもあるので大荷物だ。納品分をキャリーケースに詰め込み、国書のトートバッグに言及したい資料を20冊くらい詰めて持っていく。みなさん集合時間に遅れそうと連絡があったので、荷物を奥のスペースに置かせてもらってからそのへんのコーヒースタンドでバナナケーキを食べつつ一息ついていたら会場に戻るタイミングでざっと雨が降り出して、この時だけ傘をさした。結果的にお二人をお待たせしてしまって申し訳なかった。

僕は始まる前からそわそわと喋り出していて、始まってからも宮崎さんとわかしょさんの胸を借りる気持ちで好き勝手にわーわー言いっ放させてもらった。たいへんに楽しくて、あれも、これも、もっと話したい、ねえ、みんな、聞いて!

「さらけだす」というテーマに絡めてわかしょさんは「ほんとうのこと」というキーワードを提示されて、僕はそれを引き取って『怪談前後』の田山花袋と柳田國男、『変革する文体』の徳富蘇峰と二葉亭四迷などを引き連れて近代的自我の発生についてまくしたてたり、客席に演劇をされている方々を認めていたのであらゆる演劇作品に触れてみたりと、だいぶ調子がよかった。なにかの折に宮崎さんからアーレントの「活動」と「労働」について簡単に説明してほしいとパスをもらい、「仕事」の重要さを語ったりもした。この辺りの整理は百木漠『アーレントのマルクス』仕込みだった。とにかくなるべく本を紹介したかったのだけど、半分くらいは時間切れで、これはポッドキャストなどで追いかけたい。半ば強引に『歩きながら問う』を掲げながらスユ=ノモの話をしたりして、これが個人的にはハイライトだった。友達を作ること。これが僕のいまのキーワードのようだった。

終演後あらためて好きな講演の記録を読み返すとやはりすごくいい。すでに何度か引用した気もするが今回も引く。ここにきょうのイベントの気分が集約されるようにも思う。

その方は、とても一生懸命に勉強する方です。そして文章も上手いです。研究室のすべての活動の最後には、文章を書いて発表するのですが、その方が書いた文章を発表すると、みんな「上手いですね」と言って終わります。

でも、それはなぜか友達を作らない文章です。その文章に口出しして話したり、もっとその文章を一緒に良い文章にしようとする想いが生まれないような、そんな文章です。なんででしょう。そんなに上手い文章なのに…。そのとき私が得た答えは、「知」とどうやって出会うべきなのか、に対する答えでした。

(中略)

私たちの持っている「身体性」は、この世界と関係を結ぶ際に所有する方法しかわかりません。ずっとそういう方法を身体で学んできました。「知」についても、そして自分自身についても…。その、「知」を所有する身体性を変えて行くのが、研究室においてはとても大きな勉強となります。これはさきの「友達が作れる能力」とも通じますが、所有しようする 「身体」は絶対に友達を作ることができません。このような「所有する身体」を「循環する身体」につくり直すことが、私は勉強だと思っています。私が見る限り、知識人たちは知識を所有するのに忙しいです。しかしそれは知識人だけの問題ではなくなりました。学歴も高くて、多くの人々が大学、そして大学院まで通うようになって、徹底的に所有する身体性を学ぶようになりました。これを循環する身体性に変えることが私の個人的な「勉強」です。

では、どうやって循環する身体性に変えることができるのか。ご飯を一生懸命に作って、 掃除を一生懸命にしなければなりません。これらは些細なことのように見えますが、そうではありません。知識人たちをはじめ、多くの「知」を所有する人たちは――ユングは、「私 が会ってみた人の中で知識人が一番うそつきである」と言いましたが――、自分自身を「知識」で偽装しようとします。平たく言うと、合理化する能力に長けているということです。 研究室で一番重要な倫理の一つが、「理念なんかで自分自身を装わない」ことです。

キッチンは人の原初的な姿があらわれるところです。たとえば、聞いた話ですが、キムチを「はさみで切るか、包丁で切るか」ということで、血が出るほどケンカをしたそうです。 (笑)ケンカをした人は二人とも男性の博士でした。身体はそういうところを見えるように します。一番原初的で、なおかつ身体化されている資本主義的な性格、自分の境界を確固た るものとしようとすること、自分の境界の中へとすべてのものを収斂させようとすること、 知識人たちは、たとえばセミナーにはあまり来ません。

平成25・26年度 東京学芸大学連合学校教育学研究科 院生連携研究プロジェクト 報告書「「生活共同空間としてのコミュニティと 文化形成の関係性に関する共同研究」」https://www2.u-gakugei.ac.jp/~graduate/rengou/kyouin/topics/data_project_h25/b-5.pdf

三人でおいしい坦々麺を食べて解散。もっともっと楽しい仕事をしたいな、という気持ちを強くする。売れたい、と本気で思うようになった。売れればもっと多くの人と遊べるから。一人で書くのではなくて、だれかと共作するような方法をもっと試してみたい。

帰宅して、たのしかった! と奥さんに報告し、感想ツイートを見せびらかす。オルタナ旧市街さんが「柿内さんのよどみない語りが気持ちいいしあこがれる。話すように書き、書くように話すひとだ……」とツイートしてくださっていて、それを読んだ奥さんは「蝶のように舞い蜂のように刺すみたいに言ってもらえてるじゃん」と言った。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。