2023.04.09

名残惜しいですが、これが今生の別れというわけではないので。

祭りのあとに自分のブースもすっかり片付いてそれでもずるずると居残ってお話ししていたら、撤収作業の手を動かしながら応対してくださっていた久木さんがなにげなくこう言って、そうですね、と嬉しくなってお別れをしたのだった。

またお会いしましょう、気軽にお茶とか誘ってくださいね。

そんな虫のいいことをいいながら奥さんと合流し、腹ぺこだったのでそのへんのベトナム料理屋でフライドチキンライスと生春巻き、つくねのレモングラス串、さらにチェーを食べる。ビールも飲む。お互いを労いながら今日の健闘を讃える。

まず朝起きられたのがえらい。ちゃんと準備ができる時間に会場入りして、落ち着いて設営ができた。全体のアナウンスを流せる環境ではないので時間になるとぬるっと始まる。今回の本は大きくて、製本段階でヨレやイタミがあるものも多かった。背に糊がはみ出ているのもあった。これらはもともと可能性があると聞かされていたことだから印刷所は悪くない。今回は直売だしとこういうのを中心に事前に送り込んでいて、その場で奥さんがカリカリと糊を取り除いて美品に修復するようなことをしてくれる。できなかったものはB品として値引きして売る。作業してくれる奥さんの横で僕はとにかく愛想よくする。沢山の方が遊びに来てくれた。いま読んでいる本としてバルトの『偶景』を見せてくれたお客さんがいて、みすずの格好いい本だった。裏表紙にはこうある。

「偶景(アンシダン)——偶発的な小さな出来事、日常の些事、事故よりもはるかに重大ではないが、しかしおそらく事故よりももっと不安な出来事、人生の絨毯の上に木の葉のように舞い落ちてくるもの、日々の織物にもたらされるあの軽いしわ……表記のゼロ度、ミニ=テクスト、短い書きつけ、俳句、寸描、意味の戯れ、木の葉のように落ちてくるあらゆるもの。」(ロラン・バルト)

https://www.msz.co.jp/book/detail/04994/

これは、日記のことですねえ、と嬉しくなる。版元品切れのようだから古書を探したい。

いつも午前一時ごろに日記を更新していますが、そんな時間まで書いていて眠れなくなりませんか、と聞いてくださった方がいて、僕は四六時中なにか考えてるから書いているときだけとくべつ脳が活性化しているわけでもなさそうなんだよな、と改めて気がついた。僕はよく眠れます。

その声に聞き覚えがあります、そういってポイエティークRADIO を聴いてくれていることを教えてくださる方も何人かあって、シールをあげた。はじめのころにいらした何人かにシールを渡し忘れていてしまったことだった。オムラヂ経由で知ったという人、昨晩の随筆かいぼう教室で知ったという人、BONUS TRACK についているお客さんであろう推定ご近所さん、僕をめがけてくる方達も嬉しいし、こうやって青木さんや宮崎さんやわかしょさんや久木さんが繋いでくれた偶発的な接近もまたとても嬉しいものだった。それこそ「友だち」が増えていく実感があった。第一回日記祭でご一緒したような方々との再会もあったり、昨晩から連続でお会いできた人も何人かいたり、とにかくお祭りで、ずっと嬉しかった。終わりもぬるっとしており、気がついたら時間でみんなテキパキと撤収を終えてさっと帰っていくので寂しかった。日記書きとして誰かれ構わず親しげに飲みたかったが、もちろんそんな勇気はない。空腹で怪獣になりかけていたので、久木さんときっと今度お茶でもしましょうねと約束してご飯を食べに出かけた。

荷物も多いので腹ごしらえをしたら近所までさくっと戻って、そちらでもう一杯ひっかける。ここらで眠気のピークが来たけれど冷房がきつかったおかげでつらかったけれど目は冴えた。僕の体と同じくらい、iPhoneの充電も、モバイルバッテリーも瀕死だったので飲み始める前にコンビニで借りるバッテリーを初めて利用することにした。充電がなくて困っているのに利用するにはスマホが必要というのはなんと人を馬鹿にした設計だろうか。数パーセント残っていたからよかった。僕は荷物が多くてコンビニに入りづらいので同じくらい追い詰められたバッテリー残量の奥さんが登録して借りてくれた。僕はコンビニの軒先で待ちながら、残り8パーセントのiPhoneから『会社員の哲学 増補版』の告知をした。色んな意味で告知のタイミングを間違えている。充電しながら飲み食いして、帰り道に今晩配信するための録音をする。一年前にも同じように日記祭の帰り道にふわふわとした心地で喋っていたのだった。去年もうれしかった。でも今年のうれしさのほうがもっとおいしく発酵している感じがある。来年もまたおなじように、ちがうことができたらいい。差異と重複。あらためていいタイトルではないか。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。