2023.04.29

昼前にこれを書き出している。夕方からシェアハウス時代の同居人たちと集まる予定。ひとりが結婚するようなので、そのお祝い。本人は自分の口から伝えたいとのことなので、そういうことなんだろうなというのは誰もが気がついていつつも、いちおう明言は避ける形になる。幹事がお相手との馴れ初めとなったお店を予約してくれたのだが、そこは自分たちが住んでいた家の近所で何度かみんなで通ったところだったので、嬉しい偶然にすでにはしゃいでいた。風が強くて、あまりお酒が飲める体調ではないだろうから、飲んでしまったら帰れるかもわからない。いまのうちにしっかり日記を書いておかないと。

横浜まで出るなら『会社員の哲学』からお取り扱いをしてくださる象の旅に寄れるかもしれない。そのためにもすこし早めに出ようかな、そう考えていた。お昼ご飯をどこで食べるかが悩ましい。水、まちがえてエビアン買っちゃって、硬水だからお腹につらく当たる感じがある。ごくごく飲めない。のど渇いてるのに。勢いよく飲み過ぎてしまうとお腹が悪くなる。水を買い直すのも馬鹿らしい。エビアンに限って750ミリリットルもある。量だけで買うからこういうことになる。クリックポストやゆうパックの配送ページを確認して、続々と到着していくのを眺めるのが好き。ちゃんと届くんだな、と毎回なんとなく意外に思う。世界への信頼が足りていない。というか、僕はやっぱり口では何とでも言えるし、行為も表面をなぞるのは簡単だけど、だからこそいつだって約束は守られるものなのだとはどうにも信じがたい。これは子供のころからそうだった。いまはたまたま教室でじっとしているけれど、つぎの瞬間机を黒板に投げつけることも、先生に変わって授業することも、別の教室に通うことも、なんならもう学校に行かないということだってできてしまう。いま信じられる秩序というものがたまたまうまくいっているに過ぎないごっこ遊びのようなものだという気持ちが常にあって、だから、いつだってぼんやりと不安だったし、同じくらい気楽だった。いまも、書いたり話したりするとそれが文字通りに読まれたり聞かれたりすること、朝起きると夜寝た時と同じ場所にだいたい同じ質量でいること、昨日までの行為が積みあがっていることに対して、うそでしょ、と驚く。そんなことってある? 郵便とか、五件に一件は行方不明になりそうなものなのに。この世のつつがなさは、どこか変だ。あまりに約束が守られすぎている。そのくせ、いちばん約束のフィクションを強固に保持しなくてはならない政治の現場では、お話にならないほどあらゆるコードが反故にされているのだから滅茶苦茶だ。いやんなる。わりあい多くの人がこのような感覚を持ってはいて、この不信に過剰な自信が組み合わさるとマスクやワクチンを拒絶したり、疑似科学を鵜呑みにしてみたくなるのだと思う。僕はだから陰謀論のような粗悪な世界観への親和性はかなり高そうだ。いまはたまたま踏みとどまっているだけとも言える。信じられなさそうなものを信じるというのは知性なのだが、ここでいう信じがたいものというのはだいたいにおいて大多数が了解する蓄積のことであり、ぽっと思いつく個人の感覚ではないのだということが、わからなくなる瞬間がありふれている。

横浜駅に来るたび、え、こんな人多いの、東京よりも多くない? と驚くけれど、驚きつつ、東京を優位に置く自身の意識にも目がいく。そりゃ人はいるよ。いろんなとこに。ブルーラインの乗り換えは初めてだったけれど、通っていたTSUTAYAの横から乗れたような記憶があって、その通りだった。阪東橋はたぶん黄金町のほうだから桜木町とかから川沿い歩いていたら着くんじゃないかと思うけど、時間も限られてるので地下鉄に乗る。

横浜橋商店街、楽しいな。おっちゃんたち皆ハデな柄のシャツ着てるし、子供多いし、黒づくめの酔っ払いが警察官にブチ切れてるし、その隣でばあさまたちが朗らかに談笑してるし、ごはんが安くておいしい。酔来軒という有名店で遅めのご飯。酔来丼はご飯の上に半熟の目玉焼き、もやし、紅生姜、焼豚が載っていてごちゃ混ぜにしてかき込む。小ラーメンをつけて600円。ちゃきちゃきした店主の愛想もよくて、満足。

さあ、いよいよ本屋象の旅。ジャンルや判型を軽やかに横断して、キーワードごとに隣り合わせに挿された本たち。話題の新刊もしれっと既刊の隣に潜んでいたり、思わぬ伏兵が飛び出てきたり、遊び心たっぷりの棚を眺めながら「この棚を作っている方に面白く読んでいただけたんだな……」とじんわり嬉しい。犬猫棚に『ベルカ、吠えないのか?』があるのと、主に海洋の神秘や美しさについての本がメインに並ぶ海の棚に『海をあげる』が置かれているのがすごく楽しかった。積極的な誤配でありつつ、確信があってのことでもある。この客にとっての偶然と店側の意図との塩梅が絶妙だと思った。『象の旅』はもちろんここで買おう。あと一冊。いいなと思った初見の本屋ではなるべくみすずを買うことにしている。きょうは『チーズとうじ虫』。知らない本だったけれど、間違いなく面白い。

横浜駅に戻って、ドンキや今はもうないダイエー、吉村家を結ぶ直線を歩いていく。ずっと人が多くてびびる。なんか祭りでもあるんか?

サッカーがあったようで、二軒目はユニフォームを着た者たちに占拠されていた。気楽な親戚の集まりのようでさっさとジャスミン茶とかに切り替えたので思ったほどは酔っぱらわずに済んで、にこにこと嬉しい報告を聞いていた。でももうほとんど忘れちゃったな。楽しかった。十年近く前に交差点のところにある公園の滑り台によじ登ってみんなで写真を撮った。同じ場所で今日も撮った。また何年かして撮れたらいい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。