2023.04.30

ついこないだも王子の方に出たな。バスの中で酔わないように眼鏡を外してずっと奥さんに話しかけていた。ずいぶんましだった。雨が降りそうで、大きな傘と長靴で出かけたがなんならどんどん晴れていった。王子スタジオで「カハタレの現在地 Vol.1」を観劇。いつだかに稽古場として使ったことのある場所で、ガラガラとシャッターが閉まるのが懐かしかった。短編集で、転換の時間は換気があって、トイレにも行ける。ブツ切れの集中力でも問題がないように作品の配置や所作や声の出し方が配慮されていて、ちょうどいい湯加減で楽しめた。こちらに緊張を強いてこない演劇というのは案外難しい気がするので、ちゃんとゆるめるというのは技術だと思う。以下、各作品について。

「Kちゃん怪談」。劇空間への飛躍の準備の整っていないところからフィクションを開始するのに怪談のフォーマットは確かに理に適っている。ぬるっとこちらも観客へと移行できる。誰が恐怖するのか、という位相がきれいに入れ替わったり、技巧派。これ以降の転換でトイレの扉が開閉されるたびにいやな意味が付与されるので意地悪でよかった。

「犬、呪わないで」。戯曲も演出も最も完成度が高かった。岩村がツボであの挙動だけ70分観てたい。稲垣さんの俳優としての基礎の丈夫さを感じる。可笑しさにへらへらしていると、落語のようなフォーマットでダイアローグとモノローグが並走を始める。つねに客席に向かってエクスキューズするように発話する登場人物たちは、最後までろくに向き合うことができない。冷静さを装うことで犬と触れ合うようには他人と関われないヒトの悲哀が醸し出されていく。

「ひょうひょう」。演出は前の二篇と同じくらい丁寧だから、余計に間延び感があって、人の夢の話を聞かされる苦行を追体験できる。無駄な運動量で血行を促進するからか、なぜだかこちらまでポカポカしてくるから不思議。マジシャンの体幹に感心する。開演前と比べて一段あかるくなった顔色で終演を告げられるところに可笑しさのピークがあった。嫌いじゃない。

11月に本公演があるようなのでそちらも楽しみ。アンケートに長々と書いていたら最後の客になりかけて、慌てる。帰りは電車で、王子小劇場の前を久しぶりに通る。居酒屋みたいな看板だね、と奥さんと話す。いつの間にか花まるじゃなくなっていた。パンケーキを食べて帰宅。奥さんがヤクザ映画のリテラシーを身につけたいというので『仁義なき戦い』を観ることにして、そうと決まったら僕は帰り道からうきうきしていて、きょうは『仁義なき戦い』を観るぞおと高まる。それを見て奥さんは、そうやって本番前から楽しみが始まるのはいいね、と言った。何度観ても面白かった。菅原文太は賢そうな顔したワンちゃんみたい。もう呼んでいいですかッとオロオロするところでふたりで大笑いする。僕はこの映画で梅宮辰夫のかっこよさを知った。三回か四回目だけれど、ようやく登場人物の顔と名前が一致してきた。セリフも聞き取りづらいし、じつはよくわかんないまま見てるところも多いのだけど、ちゃんと面白いからえらい。

夜は残り物をおいしくアレンジしててきとうに済ます。週末で追加の発注が殺到しないかな、と言っていたら注文があったので嬉しい。奥さんと受注と売上と在庫を管理するスプレッドシートの改修について議論する。どうしても仕事モードになってしまう。その後、梱包作業を教わる。あれこれの準備のために夜の散歩にでかけて、ナタデココを買う。ココナッツ水を酢酸菌が醸したものが二人はわりと好きだからだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。