2023.07.29

ブランチを食べに奥さんとデート。カフェでレモンチーズケーキとマフィンを食べる。奥さんは桃のコンポートとアールグレイとチーズのテリーヌとアイスクリームのワンプレート。食べながら準備運動がてら柿内正午の進路相談を壁打ち。

今春に出した『会社員の哲学 増補版』をもっと売っていきたいのだけど、ここまでに届いたよりも外側に拡大していきたいとき、何をすればよいのだろうか。どこかの志高いメディアに取材してもらってまず知られるというのがよいのだろうか。しかしそのためにこちらから出来ることとはなんだろう。ZINEのプレスリリースとはどんなものでありえるか。「労働でも研究でもない形で、ただ楽しく読みアウトプットをつくること」みたいな切り口で話させてもらえたら、けっこう元気の出る話をするのだけど。

そういえばあのメールに返信したけど反応ないね、などと愚痴をこぼしてお互いの休日を始める。

ものを書くとき、独自性などどうでもよい。なぜこうも誰も彼もが似通っているのかということのほうが驚異だからだ。自己表現的なものへの懐疑が強くある。想念にまみれた日記とかやってると自己表現の人と見られがちだけれども。たかが「感想」が自己のわけがない。見たままを書いたつもりの描写のほうがよっぽど近代的自我でべたついているではないか。個体間の差異以上に重複する部分が多いこと、互いにある程度の意思疎通ができてしまうことの不思議にアプローチしたほうが、この自我の成立与件に迫れるような気がしている。

横浜橋商店街の、年寄りたちの部室みたいになってる喫茶店であんみつを食べながらトークのメモをつくる。開場の十分前に本屋象の旅に向かって、ガラス戸越しに加茂さんに会釈して入る。すぐに夏目大さんもいらっしゃって挨拶もそこそこにお客さんもやって来る。前のほうでなんとなくしゃべりながら開演時間を待つ。横浜は夏目さんのホームだから、今回のイベントはすぐに定員いっぱいになっていて、お店の中にめいっぱいの人がいる。すごいな、と思う。初対面の緊張も気負いもなくべらべら喋って、夏目さんも話し出すと止まらないのでこちらも遠慮なく語れる。自分の話ばかりのようで、ちゃんと相手の本について熱弁を振るう気遣いもあっていい時間だったと思う。客席がやさしい雰囲気で、よく笑った。僕の本はどうしたら売れますかね、と訊くと、まずは柿内さん自身が別の分野で人気者になるのがいいんじゃないか、と応えられ、はっとしてRyota さんのほうを見ると目があった。こちらを見ていたのだ。Ryota さんはかつて幕張のモスバーガーで、柿内さんの書くものは「柿内さんの書くもの」にしかならないんだからまずは柿内ファンを増やすほか読者層拡大はありえませんよとアドバイスをくれて、僕はウェェそういのやだぁと駄々をこねたことがある。こちらを見るかれの目は、ほらみたことか、と雄弁に得意げだった。

終わった後はお客さんと夏目さんと駅前のココスでごはん。僕はちゃっかりビールを飲む。話は帰りの電車までとめどなくて、放っておけばいつまででも喋っていそうだったのでだんだん可笑しくなってくる。横浜は遠くて、でも近所まで一緒に帰れる人がいらっしゃって、楽しくお話ししていたらすぐだった。お風呂に入ると踵から足の甲にかけて小さな赤い斑点が浮かんできて痒い。これはなんだろう。蕁麻疹っぽいけれど、水虫ってこういうの? もっと別のかんじのやつ? 日記書いて寝る。電気鼠との約束は今晩も反故にされている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。