2023.11.09

いかに遠出と思わずふらっと遠出するか。名古屋に行くならついでに京都大阪にちょこっと寄るか~みたいに自分を騙す。そのようにしてぎりぎりまで家を空ける意識をもたずにゆったり起きて、いよいよ出ていく段になって心細くなった。あれ、いちにち奥さんにあえないってこと? などといまさらのようにさみしくなり、うだうだと出発を引き延ばす。

心理的距離としては京都など千葉くらいのものなのだが、静岡が長すぎる。いつも本を読むのに倦んできてもうだめかと言うところで三河安城で、そこからは比較的らくだ。京都で降りて、市バス17を必死で探し出す。思ったよりもすぐに見つかって、銀閣寺道まで揺られていく。前のおばさまたちがおしゃべりで華やいでいて、次で降りればええからな! と一人が先に降りていった。その場限りのなかよし。善行堂につくころには膀胱が駅でトイレに行っておくべきだったなというが、店内に入ると楽しくなってしまう。棚の前に積み上げられた本の山のいちばん上に釜ヶ崎の詩人の本があって、思わず手に取る。入って右手の棚にはH.A.B の本屋の本があり、入り口すぐの左手には灯光舎と窮理舎の本が揃っている。奥に細長い店の中心に置かれた棚には岩波が揃っており、漱石の文学論と独歩の小説を抜き出す。窮理舎の寺田寅彦もここで買ってみよう。夏葉社もある。あ、『漱石全集を買った日』買いそびれてなかったっけ。レジで山本さんとおしゃべりし、おすすめを伺うといつも揃えてあるという寺田寅彦の随筆集全五巻と湯気のきれいな本とを教えていただき、両方いただく。鞄が重たくなるね、でも心は軽いってね。そう愉快そうにおっしゃる。会話の切れ目でいまさらご挨拶。ああ、そうだったのか、読んだよ、ここにもある、すぐには見つからないけど。そう言って本の山を見渡す。光栄だ。さらに熱心にお話をする。もっと話していたいな、というところで辞す。また来たいから。あと膀胱も限界だから。市バスで四条河原町まで出て、阪急京都本線。電車のタイミングがよくて、すいすい水無瀬まで。トイレに行きそびれ続けていたので、水無瀬駅でようやくどうにかなった。お昼も食べていない。食事も排泄も抑え込んで本屋というわけだ。

長谷川書店。入ると長谷川さんはちょうど電話対応中で、先に棚に遊んでいるとするっと近づいてきて、ベイブ論ください、と茶目っ気たっぷりに話しかけてくださる。そのまま挨拶もそこそこに話し込み、じんわり嬉しい気持ちになる。奥村さんは今日は来れないかもということで、写真を撮ってもらう。あとで送って見せびらかしておきます。『会社員の哲学』は雑誌コーナーの手前のいいところに置いてあって、立ち読みの繰り返しで表紙が少し反り返っている。ラスト一冊らしい。みすずと事務の本を買う。

おかあさーん?

勢いよく入ってきた子供が漫画の棚で振り返り呼びかける。

消えた、あのひと。

あきれたようにそう言っていちど店外に出て母親を連れて戻ってくる。

じゃあそろそろ、というタイミングで奥村さんもいらっしゃってはしゃぐ。もうすこしおしゃべりをして、名残惜しいけれどまたふらっと来るのだろうなという気もする。おかげで癒やされました、と長谷川さんはおっしゃってくださったけれど、それはお互い様だった。柔らかい気持ちで満たされて、電車に乗り込む。ツイッターを見ると定休だと思い込んでいたtoi books が開いていて、『思考錯誤』が買えることを知る。

堺筋本町に到着すると不意にtoi books までの道のりが見えて、もうこのへんは地図なしで歩ける。さすがに本が重たく汗だくになる。ゼエゼエ言いながら入店し、すぐさま目当ての本をレジに。磯上さんに挨拶をし、けっきょく棚が面白くてあれこれ見てしまって、町屋良平のサイン本ももらうことに。また本を増やしてしまって、とぱんぱんに膨らんだトートバッグを心配そうに眺めていた磯上さんは、よかったらここから送りましょうかと言ってくださる。い、いいんですかッ。遠慮しようという発想の形になる間もなく食い気味にそう聞いていて、かなり助かった。すっかり開始時間を過ぎていたので早足でβ本町橋に向かうと川のほうから歩いてくる男の人があっという反応をする。スズキナオさんだ! きょう中川さんに会いに行きますと連絡をしていて、でもライブを見に行く予定があるというお返事でお会いできるとは思っていなかった。開始時間きっかりに着けばよかったと考えつつ、これまでの行程で端折れるところもなかった。束の間の遭遇でも嬉しくて、なれないインカメラで記念写真。

川べりにぽつんと屋台の赤提灯が出ていて、川と向かい合うように段々があってそこに大勢の人が腰掛けて本を読んだりお酒を飲んだりしていた。すごくいい雰囲気で、中川さんに声をかけてハイボールをもらう。天王寺の最終日にご一緒したメリヤスさんや、スズキナオさんとのイベントに来てくださった方とも再会できて嬉しい気持ちで酔っ払う。このあと名古屋に帰るつもりなんですと宣言はしたものの、やっぱり楽しくなって日本酒、ワインまで飲んでしまい、屋台を撤収したあとも居残った面々でそのまま川べりでわいわい飲んだ。差し入れの餃子や焼売、唐揚げをばくばく食べる。そういえばこれが今日はじめの食事だな、空きっ腹に飲み過ぎた、これはあとがたいへんだなと思う。名古屋までの足はとっくになくなっていて、解散後に冷静にホテルを探し出して飛び込んだ。すぐに寝たが、二時頃あたまの激しい痛さに飛び起きて、カップヌードルみたいな味のゲロを三回に分けて吐き続けてすっきりした。それからは熟睡。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。