昨晩、大阪府立体育会館で開催された新日本プロレスの興行を、きょう映像で観た。この日の試合は『THE NEW BEGINNING』というシリーズの一つのクライマックスである。シリーズは僕らが初めてプロレス観戦した1月4日の東京ドーム興行の翌日、後楽園ホールでの試合から続いているもので、今月末に北海道で幕を閉じるのだと思う。新日本プロレスの興行はその年のあらゆる物語の決着の場として翌年の東京ドームが据えられており、いちどそこで畳まれた風呂敷をまた別様に広げだす、まさに新たな幕開けのシリーズであるのだろう。しかも僕が東京ドームで観て、ちょっといいな、と思い、その後試合の映像を見るうちすっかり好きになった選手──タマ・トンガや、人気の面でも実力の面でも団体を牽引するオカダカズチカやウィル・オスプレイといったカリスマが、このシリーズ中の試合を最後に続々と退団することが表明されている。プロレスの面白いところはそれがどれだけ因縁に塗れた喧嘩であれけっきょくは社内闘争に過ぎないところにあるのだが、だからこそ退社する選手へどのような餞を用意するかに期待は高まる。そして偉大なる先人を継承し、ちがった何ものかを体現していくであろう次代のリーダーを誰もが待望している。残される側には、スターを引き受ける覚悟が問われている。そのような試合がひしめくのが昨日だった。このシリーズは来年度の社内人事を決定するようなものでもあるのだ。
第3試合は僕が大好きなEVIL率いるヒールユニットH.O.T──ハウス・オブ・トーチャー、つまり拷問の館である──が、海野翔太&エル・デスペラード&本間朋晃&タイガーマスク組──うしろの二人はちょこちょこ顔ぶれが変わる──と対戦するもはやお馴染みの展開。このタッグマッチは北海道でのベルトを賭けたシングルマッチの前哨戦といった位置づけだからまだ気楽に見られる。EVILの仕事ぶりに目がいく。北海道でも海野をボコボコにして欲しい。
第5試合は新日本プロレスを去ったオカダ・カズチカと現社長・棚橋弘至の、「おそらく最後となる」試合。棚橋は会社が斜陽だった時期を支え、いまの盛り上がりを立ち上げた功労者のひとりであり、そんなかれが人気絶頂であった2012年の2月、おなじこの大阪の会場で、オカダは棚橋の保持するIWGPヘビー級王座に挑む身の程知らずのチャレンジャーとして現れ、若手いびりのブーイングを歓声に塗り替え王座を奪い取ったのである。このときの試合をひとつの契機として、いまの新日本プロレスの人気はあるのだと人が話すのを何度か聞いた。この十数年のナラティブの始まりの地で、この物語を開始した二人が、これまでの月日を惜しみなく引用しながら幕引きしていく。この十余年つづいた体制の終わりを感じされる試合で、なによりオカダが泣き虫だから、つられてこちらも涙ぐんでしまった。
セミファイナルとなる第7試合ではザック・セイバーJr.とブライアン・ダニエルソンという、ねちねち組み技で攻める二人の対決。なんかテクニシャン世界一決定戦みたいなことらしい。どれだけ関節を極められても意地でも降参しないふたりの我慢くらべみたいなところもありつつ、長丁場を鮮やかな技の掛け合いで引っ張るいい試合だった。
そしてこの日、八個目の試合、メインイベントはUNITED EMPIREとBC WAR DOGSという二つのユニット間の抗争が繰り広げられる。五対五の大乱戦だ。ハイローの世界観だ。脚立も出てきたし。UNITED EMPIREにはこの試合で新日本を去るウィル・オスプレイがいる。観客はかれが高く跳ぶところが見たい。本当に綺麗に空を飛ぶのだ。対してWAR DOGSはまじで悪そう。デビッド・フィンレーは東京ドームの試合でオスプレイを下してベルトを獲っている。この試合は反則判定なし時間無制限の金網マッチで、リングは金網に囲まれて終わるまで逃げることができない。オスプレイとフィンレーのタイマンにはじまり、あとから二分ごとに一人ずつ増えていき、全員揃ったところで金網が閉じられる。これがものすごく濃い内容で、設営からバラシまでみせてもらえる一時間超えの大長編だった。WAR DOGSの面々は入ってくる時に凶器を持ち込んでくるのだが、腕に仕込んだ有刺鉄線に始まり、銃弾のように襷掛けにされた幾本ものフォーク、両腕にいっぱいのパイプ椅子ときて、最後の一人はとうとう山盛りの凶器を満載した台車を押してくるのだから笑ってしまう。誰もが額から血を流し、コナーズはとうとう画鋲を持ち出すのでデスマッチかと思った。傷口に染みるだろうに頭から酒をかぶったりもする。ゲラゲラ笑いながら堪能する。こいつら悪すぎる。フィンレーたちはとうとうリングを解体し始める。なんだか状況劇場じみてくる。マットが剥がされ、クッション材が引き抜かれ、基盤の組み木が剥き出しになって、べこべこするから危ない。もう自由に飛べる場所もない。そんななかUNITED EMPIREは次々と倒れ、手錠に繋がれ、とうとうオスプレイただ一人をWAR DOGSの五人が取り囲む。みっちり中身の詰まった試合で、たいへん満足した。面白かったなあ。
ちなみに今晩は中休み的な位置づけでもある『FANTASTICA MANIA』の第一日。これは中継で観た。ルチャ・リブレの祭典らしく、メキシコのマスクマンたちが軽やかに空中を舞う。その鮮やかさ! 軽さと重さを兼ね備えてる、と解説が呟いていて、その通りだな、と思う。これは会場で観てみたいなあ。悪役もヒーローも華やかで愛嬌があり、その陽気さがきのうの大盛りカツカレーみたいな興行のあとの爽やかな一服のように楽しい。とうとうプロレスだけで日記を埋めてしまった。