さすがに寝ておこうと八時半まで眠る。きょうの朝ごはんも豪華。ホーローの小鍋でブロッコリーとベーコンを蒸し焼きにしたやつ、豆腐の肉団子、味噌汁。電車の時間的にそろそろ出ないとな、と思っていると今日も車を出してくれるというのでありがたく甘える。車中では母に現在のプロレスについて熱く語る。母が高校生くらいの時分は女子プロレスの全盛期だったという。昨日すでに走った道なので迷いがなく、道も空いていたので十分以上も早く着く。小一時間かけてEVIL の魅力をプレゼンし続けていたら、あなた今夜ラジオで喋るんだよね? 今からそんなに喋っていいの? と呆れられる。
開始の三十分前に設営を始めると、あ、よかった、来た来た、二日目の余裕ですね、と杏子さんに声をかけてもらう。手際よく設営しているあいだに母が今日もどら焼きを差し入れてくれる。更にはひなまつりということで三色団子まで。ちょうど十七時退勤社のおふたりとお喋りしていたので、そのままおやつ配りおじさんと化す。初日はほとんど立ちっぱなしでお話ししていたけれど、きょうは温存しておこうと座っていたが、人が来てくれると結局立って喋る。土曜と比べるとのんびりしていて、売り上げノルマは達成しているし焦りはしない。滋賀、三重、富山、長野、静岡、愛知。岐阜はいろんな県と隣接していて、車であれば案外その境はひょいと越えられるものらしい。どこからきたのかを聞き、普段使う本屋を教えてもらうのが面白い。何人もの方が各地の書店で本を見かけて気になっていたのだと教えてくださって、とても嬉しかった。だいたいは世間話や自己紹介のためにぴゃーぴゃー言葉を交わしていた。そんななか、言葉少なにページに目を落とし、そっと買ってくれた方がいて、しばらくしてブースに戻ってきてくださる。あ、さっきはありがとうございます。ほんの一瞬のためらいのあと、意を決したように話し出す。わたしもいま働いていて、会社に勤めながらこのような本を作っている人がいるんだと知れたことが、自分にとって大きなことでした、ありがとうございます。そのようなことを伝えてくださる。胸がいっぱいになり、今日はこの人のためにここに来たんだな、と思う。へらへらとお礼を言うことしかできなかったけれど、伝えたいことはたぶん本を介したほうがうまくできるだろうからこそ、こうして本を挟んで言葉をやりとりした。それでも、躊躇いがちに声で届けてもらえたそれは非常に嬉しくて、それからずっと鳩尾のあたりをぽかぽかさせる。終わってみれば、昨日よりも売り上げはよかった。さすがにくたびれて、帰りたい、と思う。撤収も早々と終えることができたので、すぐさま電車から新幹線に乗り継ぐ。事前に作った行程表的には直行して赤坂あたりのネットカフェで休むつもりだったけれど、このままスムースに移動できればもしかして一回帰って家の布団で仮眠をとれるのか……? と思えてきた。それにネットカフェを調べていたら、会員登録がだるいな、と思えて仕方がなく、この疲れで会員登録なんて絶対にしたくなかった。奥さんに相談すると、夕食を準備してくれるという。夕食の時間をまったく考慮に入れていなかった。帰れるなら帰ろう。
ちゃんと帰宅できて、夕飯も食べて、慣れ親しんだ布団で仮眠もとれたのでばっちりだと思っていたけれど、電車の暖房でぽかぽかして眠たくなってきた。やばい。日付が変わる手前くらい、赤坂駅から地上に出るとTBS のビルがある。教えてもらった通用口から入って元気よく名乗ると、こっちは搬入用の受付なので、出演者は向こうです、と訂正されて恥ずかしかった。無事にピッてするやつを借りて、ピッてして入る。TBS に踏み入ったぞ! と思う。ラジオの階で降りるとラジオが流れている。これはいま放送されているやつなのだろうか。案内板で現在地を確認してブースを探す。きょろきょろしていると向こうから人が来るので、怪しまれないようにこんにちはーとか細い声で言うと長谷川さんだったので安心する。今日はよろしくお願いします。ブース前の打ち合わせスペースでご挨拶。簡単な打ち合わせがあり、そのまま雑談しているとぬるっと時間が近づいてくる。えいやと飛び込んでいくとクルーやスタッフの皆さまが一丸となって受け止めてくれるので嬉しかった。自販機でお茶だけ買っておく。肩甲骨のストレッチをこっそり行って眠気を覚ます。ぎりぎり頭は冴えてきた。YouTube での配信もあるのでカメラにアピールするように「岐阜駅 本の市」のトートバッグを置く。このトートバッグは危うく完売で買いそびれるところだった。三階のON READING のブースでは完売で、二階の古書市で買えた。しかし二階ではステッカーが完売で、こちらはON READING で買った。放送が始まる。打ち合わせで、MCの塚越さんに、「話せなかったな」と思うより「余計なこと言った」と後悔するほうがずっといいです、何でも拾うからどんどん話してください、と心強いお言葉で励まされていた。それに応えようと決めていた。自己紹介は順番に回ってくるので待っている間に緊張してしまったが、次の発言は誰かからのパスを待たずにこちらからマイクを取りたかった。せっかく呼んでもらったからにはまずは自分から口火を切れるところを示したかった。そこだけ気張ってやりきって、あとは流れに身を任せて気楽に喋った。それはそれとして僕はどうもフィラーが多い。話し言葉だと余計に一文が長くのたくる。というかもうほとんどフィラーで喋っている。皆さんは話していても言葉の運用に適正な丁寧さと処理があるのですごい。塚越さんに自分の発言を要約していただいたとき、その的確さに感心したし、短い準備期間に『会社員の哲学』まで読んでくださったのも感激した。しかも読みの的確さにはしゃいでしまって、気がついたら自分の声に熱がこもっていた。首の後ろあたりから客観視する幻想の僕が、いや、お前めっちゃ喋るじゃん、遠慮とかないの? と思う。そこにいる全員が聡明で話が上手で、素人の僕でも話しやすいようなレールをしっかり誂えてくれるので、僕はよちよちとその上を行けばよかった。みんな格好いいし優しい。励まされるようによちよち喋った。スケザネさんの話を受けて僕がうにゃうにゃ整理し、速水さんがそれを受けて調整さんについての発言を訂正する場面があり、話しているうちにおのおの視点がズレていき考えが変わっていくその劇的な時間に立ち会えたことがとても嬉しかった。ちゃんとここに居れたかもな、と感じる。あー楽しかったな、と満足な気持ちで終える。工藤さんにきょうのこともポッドキャストで話してくださいね、と声をかけていただく。鮮やかな気遣い。連れ立って退館し、おのおのの電車で帰る。
六時過ぎに帰宅して、顔を洗ってすこし寝る。ぎりぎり午前中から在宅勤務。ビリビリどころかピリピリにも満たない微かな震えが身体中に行き渡っている。空き時間に細切れに寝る。ほとんど使い物にならないままだったが、合計で七時間睡眠をとれば正常化するようで、十七時以降はさすがにしっかりする。奥さんは日中に方眼紙のようになったExcelと格闘しながらアーカイブを視聴してくれたようで、ぜんぶ聴き終わるともう夕方だ。深夜というのは妙な時間だ。ほぼ一日分の仕事が丸々入ってしまうのに、普段の生活のどこにも属さないもののように感じる。元気よく夕食の用意もしたし、録音もした。日付感覚の狂った二日をまとめて日記にしていると、記録したいことが多い日の日記というのは書くのが面倒なのだよな、それはぜんぶ書き残しておきたいという事務の欲望によるものなのだというようなことを考えて、うだうだ書きあぐねていると二十五時近くなってしまう。それでも明日は八時に起きるだろう。規則を取り戻すために。生活は、可及的速やかに平準化される。
