いま使っているMacBook Pro は中古で買った2014年製で、そろそろ挙動が怪しくなってきている。これのまえに使っていたものはあっという間に電源がつかなくなって中のデータごと失ってしまったから買い替えるなら早めがいいのかもしれない。ちょうど新しい型が出たみたいだし、ということをひとりでぼんやり考えていたのだが、奥さんに零すとそれはその通りだよと背中を押されてしまったので俄かに買い替えの機運が高まっている。次はAir のいちばんいいやつかなあ、20万かあ、と思う。TOTO のトイレよりはずっと安い。金銭感覚がばかになっているうちに平気な顔して買うべきかもしれない。
夜の後楽園ホールに向けて気持ちを高める。『現代風俗 プロレス文化』をさっと読み通す。掲載されてる原稿は玉石混淆で一部ほんと最低だしつまんないなと思うものもあるのだが、おおむね興味深い。最初の論考で示されるプロ柔道をひとつの起点とする日本プロレス史観がなにより面白かった。まず戦前からプロレスは日本に伝来していたことが指摘され、戦後の占領下でイデオロギーから距離をとった民主的なアマチュアスポーツとして立て直しを図る柔道界と、柔道一本で食っていくために見世物としての柔道を模索するプロ柔道との緊張関係が描かれる。挫折した後者がアメリカに出稼ぎにいくことでプロレスと合流していったのだという見立て。戦時下では国家が保有する暴力装置、あるいは規律訓練を体現するものとしてあった柔道が、一方ではスポーツとして民主化をめざし、もういっぽうでは資本主義をサバイブする見世物へとむかっていくという、平和へのふたつのアプローチの差異が面白いし、安全に管理された喧嘩ショーというプロレスを考える足掛かりになりそうだった。続けて『1976年のアントニオ猪木』を読み始めて、リアリズムとリアリティの違いについて考える。僕はあけすけな嘘がそれでも有してしまうリアリティに興味があって、見せかけのリアリズムにはそこまで関心がないのだと思う。
EVIL のキャップを被って奥さんとお出かけ。水道橋の出口ももうばっちり。後楽園ホール。僕がいちばん好きなユニットHOUSE OF TORTURE のメンバーが髑髏化して描かれた大きな絵が出迎えてくれる。席は南側の一階で、傾斜がしっかりしているからリングがよく見える。すごく近いね! とふたりではしゃぐ。
矢野通のCM にうんざりし始めた頃──せめてちゃんとマイク使って撮ってやれよ──、ボルチンが入ってくる。大きい。ヒクレオももちろん大きいのだが、ボルチンが大きい。エル・ファンタズモは肉眼で見るほうが身のこなしが軽やかで、重力を忘れさせて惹きつけられる。ヒクレオとふたりできょうもハートをつくってくれてかわいいね。GUERRILLAS OF DESTINYと毘沙門というタッグチームのふたりに、それぞれボルチンと邪道が加わる三対三の試合で始まる。まずはボルチンとヒクレオが組み合う。でっかいのとでっかいのがお互いを持ち上げて、ぶつかっていく。超楽しい。YOSHI-HASHI のキックはいい音がする。胸をパッチンパッチン響かせるように打っていく場面はつい笑い出してしまうような愉快さがある。毘沙門の「せーの!」が成功するのを初めて見た。さっそくすごく楽しいなあ!
第二試合は矢野通&真壁刀義がザック・セイバーJr. &マイキー・ニコルスと戦う。とにかく矢野通が巧くて、声もよく出るし、つねに二つ以上のタスクを同時にこなしながら試合を作っていく。おちゃらけているイメージが先行しがちだったがかなり株が上がった。すごく面白かった。真壁は試合前の映像で竹刀を持ってプロレス講座をしていたのもあって、エーステの雄三さんを彷彿とさせていた。であれば矢野は支配人だ。エーステの幕間で尺を調整しつつ客席の空気を調律するベテランふたりだ。
次は帝国と悪倶楽部との抗争。ジェフ・コブがくる! フランシスコ・アキラとカラム・ニューマンも張り切っている。UNITED EMPIRE はウィル・オスプレイという圧倒的センターを失って、むしろチームとしていい形にまとまりつつあるように感じる。僕と奥さんはジェフ・コブの大きな力持ち感がかなり好きで、体格差のある石森太二が背中にしがみついているのをものともせずにKENTAとゲイブ・キッドを蹴散らしていくシーンでやんややんやと喝采を送った。攻撃を受けて、「何かした?」とばかりキョトンととぼけてみせるのも見るたび嬉しくなる。なんなのだろう。
会場で全景で見渡すと、じつにいろんなことが同時に起きている。リング上の試合だけでなく、常に邪魔にならない位置を捉えるレフェリーの機敏さ、場外での乱闘や裏工作までを目の端で捉える高度な目を要請される。会場にカメラは手持ちで二台しかなくて、固定カメラと合わせてもこれだけで配信のあの充実のカメラワークが実現されている。リングの四辺を奪取するカメラマンと、綱をもって追いかけるアシスタントの勇姿が印象的だった。
ついに客電が落ちる。闇の王が来るぞ! いつもの通りディック東郷が先導してHOUSE OF TORTURE が闇に乗じてリングに上がる。SHO の様子がおかしい。腕吊って松葉杖ついてる! 笑った。きのうの内藤との試合はかなり良かった。ほとんどタイマンでの真剣勝負をちゃんと披露しておきながら、今日ここまで情けなさに徹することができるのが格好いい。きのうきょうでSHO がかなり好きになった。そんなSHO は急遽欠場で、新入りジャック・ペリーが試合に出ることに。もう成田に後輩ができた。僕は成田加入からしか知らないけれど、実はほかのメンバーもこの数ヶ月で加入しているらしいことは察している。ものすごいスピード感だ。ジャック・ペリーが上裸スタイルだからか、これまで全員着衣スタイルだったのに金丸が脱いでいた。新入りが浮かないように配慮しているのだろうか。館の先輩たちは仲間に優しい。きのうTシャツを差し出すEVIL もいい笑顔だったし、きょうも終始嬉しそうに見守っていた。試合運びはいつも通りで海野翔太が先走るのでデスペの綺麗なお辞儀が見れない。YOH がSHO を揶揄い、本間はにこにこしている。こけしが決まったのは嬉しかったな! もちろん海野がボコボコにされて終わる。EVIL はあんまり戦わなかったね、とあとで奥さんに言われたが、気がつかなかった。EVIL のEVIL が見れないのは残念だけど、出し惜しみするべきだし、リングサイドから試合をコントロールするEVIL ばかり追いかけていたから。EVIL はいつだって試合を支配しているのだ。
次はロスインゴとJust 5 Guys の戦いで、配信だといつもスキップしている。やはりあまりピンとこず、目のしょぼつきが気になってくる。会場についてからなんとなくゴロゴロする感じがしている。花粉だろうか。流石にお腹いっぱいで疲れてきた。すこし散漫な感じで見る。DOUKI や鷹木、ここの選手の動きは面白いから、シングルマッチで見たい。
ここからはNEW JAPAN CUP という「春の最強戦士決定トーナメント」の一回戦だ。春の最強戦士とはなんなのだろうか。トーナメントを勝ち上がる動機が意地と名誉くらいしかなくて、そのナンセンスさがいい。一日の興行で、一回戦が三試合ある。
まずは石井智宏がチェーズ・オーエンズに挑まれる。オーエンズはきょうが誕生日。石井は相手の技をすべて受け切るスタイルで、満身創痍になりながらも泥臭く何度も立ち上がっていく。プロレス初体験だったイッテンヨンでもそうだったが、かれに向かう声援の熱と切実さはすごい。他の選手へのそれとは何かが違う。祈るような声が投げかけられる。その祈りは叶わずとも、すでにそれだけで充分なもので、とうとう立ち上がれなくなるギリギリのところまで耐え続ける姿はやはりグッとくるものがある。
タマちゃんの弟であるタンガ・ロアは、兄と同じ入場曲でアイアンマンのようなコスチュームで現れる。対するグレート-O-カーンはこれまでコミカルな役回りばかり引き受けていたが、今回はきちんとその本領を発揮するような戦いで嬉しい。相手の組み伏せ方が理にかなっている。猫騙しからの場外への投げ飛ばしなど工夫も楽しい。セコンドではジェフ・コブがにこにこしていてかわいい。奥さんはほとんどジェフ・コブばかり見ていたらしい。タオルやボディバッグなどのグッズをアピールしつつ、ダーティーな技が披露されるたびに両手を口元に持ってきてヒャっというようなリアクションを見せる。仲間のO-カーンが活躍すると大袈裟に拍手して観客を盛り上げる。素敵だ。
メインイベントはTJP とデビッド・フィンレー戦。TJP コールの大きさと、フィンレーへのブーイングの激しさに驚く。フィンレーのほうがセクシーだし格好いいだろ! 一生懸命フィンレーに拍手を送る。白熱したいい試合で、TJP が序盤からフルスロットルで猛攻を仕掛けるのだが、フィンレーはとにかく受けるのが巧い。フィンレーにかかればどんな技もすごいダメージを与えるすごい一発であったかのように見える。相手を大きく、格好よくみせるようなやられ方をするというのは優れたヒールの条件で、そのように相手の魅力を最大限引き出した上で容赦無く潰すというのがプロレスにおける悪の美学だ。凶器の使い所というか外し方も見事で、ここはTJP とのタイミングが完璧だった。勝利のスピーチも流暢で、優勝して多くのファンの神経を逆撫でちゃえ! と思う。
大満足で会場をあとにして、軽くお酒を飲みながら夕食を食べて、おにぎりやポテト、長芋に餃子とお腹に溜まるものを頼みすぎて満腹だった。苦しい、と呻きつつ、帰ってすぐさま眠ってしまった。生観戦はこちらもしっかり疲れる。
