通勤中、エゴサしながらウィンブレの柿内くんファンをブロックしてまわってたら誤操作でRyotaさんもブロックしちゃった。慌ててリカバリした。
『二人のデカメロン』が手を離れたので、のこる〆切は今月の文芸時評と2.5次元についての寄稿で、どちらも月末めどで提出だった。いや、時評は連休の関係で来月頭まで大丈夫なはずで、だから寄稿のほうを優先して進めている。きのう『ユリイカ 2015年4月臨時増刊号 総特集:2.5次元』を読み終えたから、ひとまずの準備は完了で、あとはラフに書いてみて、時間の許す限り検討と整理を繰り返していくつもり。休憩中に書き出したら勢いづいて、会議に遅刻しかけた。ほとんど箇条書きのスケッチ段階で一万字を超えたので、スリムにしていく方向で考える。
定時を少しまわって退勤。京王線はいつ乗ってもわかりづらいし、ちゃんと目的地に運ばれるのか不安になる。似ているくせに分かれていくのがいやだ。沿線の町もじぶんとはどこか馴染みきらない気がする。千歳烏山も暮らしやすそうないい町にもみえるのだけれど、なんとなくここは選ばないだろうな、というか選ばれないだろうなと思う。こちらから断るのでも、あちらから拒絶されるのでもなく、なんでだかわからないままにお互いによそよそしくしかあれない土地というのがあって、僕はそれが京王線だった。開場ちょうどくらいに着きそうで、でも中の空調や椅子に不安があったので最寄りのファミマのイートインでコッペパンに鶏肉が挟んであるみたいなやつを食べてから入ることにする。イートインは路面をのぞむ窓側から壁面へとL字に机が並べられていて、先客を避けて壁を眺めながら咀嚼していると、窓側の直線を独占するじじいがずっと嘔吐きつづけていた。
パイプ椅子に座るのは不安だったが腰は思ったより好調で、きのう戯れに転がした腹筋ローラーの効果かもしれない。たしかに今日の僕の腹はわりとバキバキ。骨盤が立って姿勢も、いや、姿勢はそんなによくなかったが疲れにくさはあった。遊星D『どこへも帰らない』だった。はすかさんの戯曲は先に読んでいて、楽しみにしていた気の抜けきったソーダのような掌編は一番目で、大きな声から始めるのは前作の「泣く女」と同じ狙いなのかもしれない。地下の閉鎖空間での甲高い声はしかしかなりの圧迫感で、戯曲から受けた印象よりも数段刺激が強かったので驚いた。前作は稲垣さんの戯曲で中和されていたけれど、おそらく劇作家としての梢はすかはけっこう凶暴で、テキストだけ読めばゆるく楽しむこともできるのだが演出次第で痛みが走ることもあるのだと、おそらく前から気がついていたことに気がつき、刺激の強さにすこし咽せそうだった。テキストが深夜アニメのように無臭だからこそ、生身のどうしてももってしまう迫力が際立ってしまい笑いそびれた。続く墓泥棒の話は文字で読んだときはすこし狙いすぎにも思えたが、そのようなわざとらしさを肉体が中和していい感じにまとまっており、よかった。戯曲と上演で印象が逆転した格好。中編でありメインの中村大地作「ナイト・オン・アース(remix)」がとてもよかった。戯曲の要請するかなり複雑な時空間の処理を、大袈裟でないぬるい演技で行うのは、すごいことをしているように見えなければ見えないだけ面白く、複雑な情報をストレスなくさらっと受け取らせる塩梅が絶妙だった。ようやくいい感じに気が抜けてきたなと嬉しくなったところでの「越夜」。梢はすかの手癖も嗜好もよくわかるモノローグ劇で、二次元的感性と三次元空間との調和はややぎこちなく、しかしその不協和音が悪くないというタイプの作品だった。あれを演じるの緊張しそう。
京王線で新宿まで出て一人でかるく飲んで帰る。会社の飲み会帰りの奥さんと合流して一緒に帰る。奥さんはぺろんぺろんで横揺れのノリ。日記と2.5次元論の草稿どっち読む? と訊いてみると草稿! と元気いっぱい答える。日記はあとがいいな、まだまだ面白いことが起きるかもしれないからね、と悪戯っぽく笑うので、この人は最高ラブリーですこと、と思う。スーパーでカップ麺とチーズを買って、わるい夜食を堪能した。先入れと後入れ、粉末と液状の二種類のスープの複雑な組み合わせに抗議の声を上げながら準備をする奥さんを頼もしく見守りながら、日記を書き終える。
