2024.04.18

退勤後、お腹がすかないので焼酎のお湯割りに梅干しを投入してちびちび飲みながら先に舞台『HUNTER×HUNTER』千穐楽の配信アーカイブの二幕を観ることにした。昨日の夜に一幕をみたときは、いいじゃん、と感心した。『カイジ』の舞台と同じ演出家とのことで、とにかく情報整理が上手だ。ついに旅団が動き出す二幕も楽しみになっていたのだけれど、やはりなかなか難しい。コンマ一秒間の心理戦や技の応酬を時間をフィクショナルに引き延ばすことで魅力的に提示する漫画表現──これこそ原作の魅力の最たるものである──は、舞台表現との相性が非常によくない。だからこそ、『カイジ』や一幕の大胆な簡略化による処理の手際のよさに感心したのだけれど、それは比較的リアルタイムに落とし込みやすい計画と実行と検証のプロセスだったからで、命のやり取りのような瞬発力を描くにはやはり限界がある。かなり健闘はしていたし、原作を読み込んでいる身としてはまずまずの納得はあったのだけれど、ほとんど覚えていない奥さんは何が起きているのかさっぱりだった。あるいは、原作は一コマ風景を挿入することによるリズムの調整が破格にうまい。舞台はそのような、それ自体情報をそこまで持っていない一コマのインサートのような処理も苦手だから、緊迫感のあるシーンのはずなのにどうしても単調に弛緩してしまうリスクがある。より事態が切迫する二幕でここの処理の甘さが目立ってしまった。ビジュアルの再現度は素晴らしかったし、すぐ死ぬようなモブまで丁寧に衣装やメイクが作り込まれていて、ささやかな個人の矜持を丁寧に掬い取る原作のよさを引き立てていたのも好感を持った。

高密度な情報の提示による負荷の悦び、ぽんと挿入される余白のカットによる時間が伸縮するようにうねるリズムの構成。昼間に見た『終末トレインどこへ行く?』は、舞台『HUNTER×HUNTER』につい期待してしまいつつなかば妥当なことに不足していた快を存分に堪能できるアニメだった。これはアニメのほうが舞台よりもそのような処理が得意であるという形式の話に留まらない。もちろんアニメーションの技術の得意を最大限発揮しているのだが、作品の効果を生じさせる大きな要素として小気味よい戯曲のような科白の応酬があり、そのレトリックや発声の段取りは舞台にもじゅうぶん応用可能なものだと感じる。音の扱いがとても巧い。それだけでじゅうぶん見れる。同じ監督の『ガールズ&パンツァー』とも共通するが、描かれるキャラクターの人体は貧しい形に削ぎ落されている。主は背景と機械であり、構図の全体がつくりだす運動のほうにあるからだ。キャラクターの造形はオールドスクールな萌えの文脈にのっとりながらも、ある部分に過剰に拘泥するというような鑑賞を拒んでもいる。あらゆる部分が全体のリズムへと高度に構成されていくような楽しさがあり、そこが好きだ。ただオブジェクトが動くという面白さによって駆動される、見る側の体に湧きおこる情動や衝動。舞台やアニメや本を漁りながら、そのようなものを求めている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。