2021.02.18(2-p.16)

コーヒー豆を切らしていて、カフェインで気力を入れることができなかった。気力がないのでいつも買いに行くコーヒースタンドまで歩く気にならず、そもそも外に出たくなかったが奥さんとお昼を買いに行くという名目でなんとか出れた。駅前のドトールで豆を買って、ひとまず当面の無気力への対策としてはこれもまたいい。お昼を買って、ドラッグストアで目薬も買った。

一日中眠かったが、台風一号ができたとのことで納得だったが台風初めは例年こんなに早かったか。今年は二月が三月みたいで、そもそも三寒四温というのはもっと後になってからだった気がする。寒暖差でだいぶ自律神経が弱っていて、短期記憶がたいそうやばい。お茶淹れよ、と言ったそばからそれを忘れてぼけっと座っていたりするし、この前なんか自分で水筒を用意しておきながら、あれ、この水筒っていつからあった? と本気でわからなくなった。奥さんによれば僕は水筒を置いた直後にその水筒を見てそう言ったらしく、まったく記憶にないので怖過ぎた。

そんなだったが読書は捗って『史上最大の革命』を読み終え、『大衆の国民化』へ。戦間期のドイツへの関心がいまは高いようだった。そもそもプルースト以降、戦間期のヨーロッパに興味がつよく、それは戦間期というのはいま振り返ればそうなわけであって、当時は当たり前に戦後であったということで、ヴァイマル共和国も十三年で終わってしまったのでなく十三年も続いた。李珍景が『無謀なるものたちの共同体』で、コミューンが二年で終わってしまったというのは失敗ではなく、二年の成功だ、というようなことを書いていて僕はそういう考え方が好きだった。あとから振り返って短命だとか失敗だとか断ずるのは全くリアリティがなくて、その時その場所にいる人間にとってはその時その場所の持続こそがリアルだったはずだ。

「H.A.Bノ冊子」の原稿の締め切りを一ヶ月勘違いしていたが今月末がそうだったと昨日くらいに気がつき、きょうは慌てて書き出した。日記とは別に、何日かかけてもいい文章を書くのは楽しい。だいたいは一日で書き上げてしまうのだけど、きょうはすこし難儀して、一回寝かすことにした。日記は寝かせられないから、こういうときいちいち新鮮な気持ちになる。結局はこうしてその日その日の体調や気分に合わせて文体を選んで即興で文字を置いていくというほうが読んでいて楽しいものが書けるというか、時間をかければかけるほど僕の場合はまとまり過ぎてしまうような気がしているから、時間をかけつつも、あんまり面倒を見過ぎない、そういう塩梅を探って、わざと雑にするとまではいかないが、あえてどこかで放り投げてしまうくらいの気持ちで書いていく、わざわざそうやって、言葉という道具それ自体が持つ規範──そんなに大した話でなくて、文法とか語彙とかの正確さのことでいい──を意識しつつも、すこしでも規範からはみ出るように書くというのは、日記を書くときにはそこまで意識しないでもやれてしまうものだが、一個の完結した文章を仕上げようとするときは意識的にやらないとできないから面白い。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。