午前中は奥さんが健康診断で外出し、午後は新居で合流してリフォームの現地打ち合わせの予定だった。僕は昼頃から折り畳み自転車を持っていって最寄り駅周辺の探索でもしようかと考えていたのだが、籠があると折り畳んでも嵩張るし、そもそもすっぽり入る袋が見当たらなかったために断念した。断念したのは電車に乗ることで、自転車には乗りたかったから足立区から千葉まで二時間弱かけて漕いで行くことにした。炎天下を走るのは危険も伴うから、水筒にキンキンに冷やした氷水を入れて、保冷剤を仕込んだタオルを首から巻いて、帽子をかぶって万端に備える。見慣れた国道沿いを走るのは苦痛で、ビッグモーターが三軒あった。店の前の植え込みは枯れてただろうか。へえ、これが、と看板ばかりに気を取られていたから覚えていない。日射がちょうど真上からで影がないのがきつかったが、平坦ではあるので楽は楽。しかし単調な直線で面白みがなく、いつまで経っても景色が変わらないのがしんどかった。中川大橋を渡って東京理科大の外周をなぞり、金町の商店街へと入ってくる頃にはだいぶ面白くなってきて、新葛飾橋で開けた景色には思わず歓声を上げる。そのまま松戸まで江戸川沿いを北上していくのは気分が良かった。そこからは住宅地を縫うようにジグザグに進み、県境のこっち側はゆるいアップダウンがじわじわ太ももを痛めつけ、次第に車輪も小さく変則ギアも付いていないチャリでは緩い傾斜さえも漕いでいられなくなってくる。きっつ、しんど、つっら、と顔を歪めながら、その歪みは笑顔とも解釈できた。無心で体を酷使するのは楽しかった。競技に奉仕するように体を律するのは昔からずっと下手くそなのだが、意味もなく歩き通すだとか、無茶な距離を自転車で済ますというのはなんだかんだで結構好きなのだ。本屋BREAD&ROSES に寄る。初めてきたけれど、社会学や運動史などの層が厚い、いい棚で、中央の島から『読書と暴動』をいただく。汗だくで、カフェスペースで休ませてもらいながら店主の鈴木さんとお喋り。ルチャ・リブロの本が揃っていたので、今度青木さんたちをお呼びしてトークイベントをやりましょうと勝手に話を進めてしまう。棚に挿さった本の写真を青木さんに送るとすぐに「やりましょう!」と返事が来たから、近々実現させたい。また来ますとお礼を言ってもうひと漕ぎ。新居に着いて、しばらくすると奥さんもやってくる。車で迎えに行ってくれた業者の人に僕が自転車で来ることを話しているらしく、まじすか!と声が聞こえる。ひょっこり顔を出すと、え、もういる!と奥さんも驚く。意外とくたくたではなく、打ち合わせは明晰にてきぱきと進行するが、しゃがむと太ももが張り詰める。自転車はこのまま置いていくから、車で駅まで送ってもらい、腹ペコだったので駅前の飲み屋で白米と漬物、唐揚げにビールを頼んでもりもり食べる。他にも魚やら白玉ぜんざいやらめちゃくちゃなオーダーで気ままに飲み食いしているうちにうとうとしてきて、電車の中では涎を垂らしかけるほど寝こけた。心地よい疲れだな、と呑気に考える。血行がよいぶん最近はずっと靄がかかるようだった頭もすっきりしており、録音を済ませてしまう。バタンと眠る。