2024.10.25

奥さんは早朝に通院のため自転車で出かける。僕もやや遅れて起き出して、コーヒーを淹れ、MacBookをひらく。書くならこういうのかなあというのを思いつき、九時半ごろから執筆を始める。十時半に奥さん帰ってくる。かまってもらうなどして中断。この時点で2500字ていど書いている。中断して途切れた注意はそのまま戻って来ず、文化系トークラジオLifeの予告編を聴いたりする。まさしく今書いている問題系が扱われていてその符号に喜ぶ。僕の個人的な行き詰まりを打破するための試論が、すくなくともどこかでは共有可能なものであるお墨付きをもらえた気分。正午には庭のゴミ箱の洗いをやる。

午後からは先のLifeで得た頼もしさに支えられるように、思い切ってより一層私的な語りへとモードを切り替えつつ続きを書く。気分転換に装画も描き、Affinity Publisher でレイアウトしていく。組版の方針が決まれば試しにできているところまで流し込んでみて、よしとする。時間もないのでそのまま書き継いでいく。あと半ページでけりをつけると形の方に終点を定めさせて太らせ、刈り込み、太らせる。そうして出来上がったものをプリンタで三〇部する。刷り上がったものからホチキス留めしていく。十五時半には必ず家を出なくてはいけない。刷り上がったのは一五時二〇分とかで、ギリギリの進行だった。こんなに文フリらしい追い込み、はじめてじゃない?と奥さんは笑う。急ぎ足で駅まで向かい、空港へ。エスカレーターでもたれかかってきた奥さんの頭部はしっとりとして熱っぽく、小さな体を急がせてしまったことを申し訳なく思う。僕の風邪がうつったか、奥さんもあまり調子はよくなかった。それを僕の都合で早足を強いてしまった。そのくせ空港の保安検査を通ってから、小一時間は余裕があった。飛行機に無駄にプレッシャーを感じる僕のために、余裕を持ったコースを組んでくれていたのだ。それなのに、僕はそれすら慌てて巻こうとしていたわけで、より一層奥さんを意味もなく無理させてしまったのかもしれない。電車くらいさらっと飛行機に乗れるようになりたいものだった。

待合室の向かいの人が、大学の後輩にとてもよく似ていて、本人だろうかと囁き合う。それにしても似過ぎていた。本人だとしたらあの印象から十年経っているわけで、十年前そのままというのが偽物くさい。しかし、だからこそ本人かもしれなかった。膝にパソコンを乗せてばりばり仕事をしていた。出張なのだろう。搭乗は即席の足場のうえに通された廊下ではなく、地上に降りてタラップを上がる方式で、飛行場の地面を踏むのが新鮮でわくわくした。いよいよお出かけ気分! そういえば、今回は今の今まで遠出をするという実感がなく、あれ、もう今日だっけ、さあ行こうかというような覚束なさで、だからこそ間際まで制作をしていたわけでもあるし、とうぜん家を出るのもばたばただったから、忘れ物がある気がしてならない。飛行機では『鉄鍋のジャン』を読んでいたが、離陸前に最終巻まで来てしまい、空中にあがって早々にダチョウ料理対決の行方まで見届ける。勿体なくなって続きを読むのはよしておき、まとめ買いした『映像研には手を出すな!』を始めて、これも面白くてもったいないので五巻までにしてとっておく。そのあと何読もうかと考えているうちに着陸体制に入り、気圧の影響で耳の奥がイーッてなるので何も読めなくなってしまう。印象だと飛んだと思ったらすぐ着陸したというくらいすぐに着くのだけれど、その印象が強すぎると思ったよりもフライトは長く、飽きてくる。早く宿に荷物置いてご飯食べ行きたいなあ、今晩は三原豆腐店でたらふく食べたあとブックバーひつじがに行くつもりなのだ。楽しみだった。楽しめるだけの体力があるとよいのだけど。機内モードのiPhoneを取り出し、Notion のアプリで昨日の日記を書き、今日のこれまでも書く。すでに着陸の準備を始めたはずの機体は相変わらず飛んでいて、そうだった、離陸してから安定するまでも長いし、着陸体制に入ってからも平気で三つ四つの県をまたいでいくのが飛行機なのだった。たぶんこの、離陸や着陸の準備をしていない時間の短さがあっけなさの正体だったのだろう、とこの一文を書いている途中でズシンときてもう地上だった。ここからもそこそこ長い。でも着いた! はー、くたびれた。ご飯の前にシャワー浴びたいな。

空港から地下鉄へ乗り継ぎ、あっけなく博多に到着する。去年と同じところに宿をとった。カプセルホテルなので奥さんとはエリアが別なのがすこし寂しい。ひとまずロッカーに荷物を預けたりかるく仮眠を取ったりで三〇分くらい解散し、ラウンジで待ち合わせ。中洲のほうまで歩いていく。三原豆腐店は奥さんが見つけてきたお店で、僕はぼんやりと木造の渋く枯れた豆腐屋をイメージしていたのだけれど、じっさいはコンクリートのおしゃれなお店だった。ぷるぷるの揚げ出し豆腐、しめ鯖、麻婆豆腐で酒を飲み、豆乳豚しゃぶを雑炊で〆たのち、豆乳生チョコでエンディング。シモダさんにこれから向かいますと連絡を入れて川沿いのラブホ街を流れに逆らうように南下していく。薬院までの道は去年とルートが違ったことで記憶と食い違い、混乱した。辿り着いたブックバーひつじがのカウンター、去年友田さんと座ったあたりに腰掛ける。ご一緒したお客さんはなんとポイエティークRADIO の話をしによく来るとのことで、今晩もわざわざ来てくれたとのこと。嬉しく、しかし気恥ずかしく、言葉少なにおいしいお酒をおかわりしていくうちに調子のよさが露呈してどんどん饒舌になって、今回新刊を出せなかったこと、そもそもなど、うじうじへらへら悩みをげろっていた。みなさん優しいので、というか遠方からの客人にぴしゃりとは言いにくいだろう、寄り添いの姿勢で励ましてくれるのでいよいよつけあがって喋りまくっていると、奥さんが、さっきから聞いているとさあ、と口をひらく。なんか色々言ってるけど、要はぜんぶ言い訳だよね? 書きたくないなら書かなきゃいいってだけじゃないの。そうやって本を出さない理由ばかりでっちあげてるのは、なんだかんだで書きたいんだろ? だったら黙って作れよ、作んないからそうやってつまんないことぐじぐじ言い続けてんだよ。

ハイ、と背筋が伸びる。その途端、ポッドキャストを聴いてくださっているお客さんのほうから、わ、番組と同じようなやり取りが始まった!とそわそわする気配を感じる。この前もこの回を聴いていて、奥さんの一言で場が緊迫するんですけど、そのとき私も奥さんと同じようなことを考えていたのでいいぞ!と嬉しかったんです、というようなことも話してくれた。僕はつねづね自分こそ凡百の素人、誰でも考えそうなことを恥ずかしげもなく開陳するのが領分と考えているし、奥さんのことを世界で一番ユニークで素敵な珍獣のように捉えているのだけれど、こうして人と話せば話すほど、ズレているのは自分の方なのではないかと思えてくる。なんにせよ、丁寧に制作を追ってくださっている方々と話すうちにずいぶん元気が出たようで、すっかりなにか作る気になっている。来年は四冊くらい出すぞ。それを携えてひつじがでイベントやるんだ。二十六時過ぎ、タクシーをつかまえてカプセルに戻る。シャワーを浴びて、寝れるだろうかと心配する隙もなくスコンと落ちる。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。