2025.03.06

朝『ロマン』を読んでいると、いよいよクライマックスに差し掛かりそうで、電車に持ち込む。鞄には納品する『r4ンb-^、m「^』を二十冊、クリックポストで郵送する梱包済みの五冊と一緒にこの分厚い本を持っていくのは愚かしいのだけれど仕方がない。早々に郵便局に差し出し。ギリギリを攻めたがぶじに受け付けてもらえた。

電車に乗って幕張へ。まずはラーメン。チャーシューご飯までつけてしまい元気。同じ並びの本屋lighthouse に到着し、さっそく納品。関口さんに、今日来る気がしてました、と言われる。新刊棚をみると以文社の海大汎『労働者』この本を棚に見つけたとき、関口さんは僕のために仕入れてくれたんだな、と思う。じっさい、

とのことだった。ありがたいことです。なんだか今日は棚にある本がいちいち面白そうな日で、つまり、本を買うよりも読むことのほうが調子よい状態で本屋に来ると危険なのだった。全ての本がおれに読まれた方が嬉しい本に見える。さっき『r4ンb-^、m「^』の代金を支払ってもらったから、このお金を超過してしまうと流石にナンセンスだと気をつけて、吟味に吟味を重ねる。その結果、『文章を書く人のための 同人誌・ZINE 本文デザイン入門』などは泣く泣く諦めた。買ったのは、明石書店の『マチズモの人類史』、今年中に『マッチョ』と言う本を書くつもりなので、その参考文献として。サンマーク出版の『魚が存在しない理由』、きらきらしてたから、あと「人は、何かに名前をつけると、本当の姿を見ようとしなくなる」という、分類によってないことにされるものどもへの関心があるから。ひつじ書房の周密『BLと中国』、制約によって変容し、洗練されていく表現の話は間違いなく面白い。この三冊に僕のために仕入れられた『労働者』の四冊に絞り、レジへ行くと二千円くらいの赤字で笑った。いちおうあからさまな赤字は回避するつもりで本を選んで、それでもだめならもうしょうがない。いい店だということです。喜んでカモになろう。

帰りの電車でも、家に帰ってからもとりあえず『ロマン』。朝から始まった怒涛の破壊がとうとう終わる。パスティーシュとして鮮やかに蘇らされた小説(ロマン)は、同じ手でこっぴどく破壊され尽くす。あんなにも豊かで流麗だったレトリックは、事態が酸鼻を極めるにつれて貧困化し、とうとう主語と動詞だけの至極単純な構文へと至る。小説主体にあれほどまで雄弁に語りかけてきた風景も、語ることで獲得されていく内面も、形式と内容の両面で無へと捨て去られる。よくできてる。こうまでも巧みに近代小説の可能性をシミュレートを徹底されてしまうと、もう小説なんて不可能な気がしてくる。この洗練された冗談の後に書かれた小説は、どれも出来の悪い冗談にしかならない。

奥さんの退勤後は映画館で『バクチク現象』の後編。怖かったけれど、きちんと抑制は効いていて、けれどもしんどい場面はあり、頭痛くなるほど泣いた。ファミレスでケミカルなおいしくもまずくもない夕食を済ませ、帰宅し、へとへとですぐ寝る。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。