2021.03.20(2-p.53)

他人のおしゃべりも文字も映画も受け取れる気がしない。でもなんか景色が見たい。深夜のファミレスとかに行って、アメリカ映画のダイナーで雑なコーヒーとドーナッツを食べている気分でドリンクバーを使い倒したい。夜の匂いに飢えている。誰もこちらに関心を持たない人工的で平坦な灯りの下に居たい。そういうものが、すっかり遠くなってしまった。どうしたもんかなあと思いながら、ふと手に取ったのが小幡彩貴『季節の記録』で、絵かも、絵だな、と思う。ふだん画集や写真集というのが僕はうまく見れないというか眺められないというか読めないのだけど、きょうは「読めた」。そんな気がして、絵を読んだ! と感じる。それから鷲尾和彦『Station』を始めて、これも読めた。絵や写真の読み方を少し掴んだ気がした。なるほど、こういう時に絵や写真がいいのか。『西淑作品集』は前から好きだったけれど今回はぐっとよかった。感受できる、というのは喜びだ。その勢いで『映画みたいなことしない?』を読んでいて、最終的には絵を通して映画を見て本を読んでいた。

まだ再開して間もないのに、肩や腕や特にお腹と太ももに筋肉が盛り上がっている。そして筋肉は欲望するのだ。動きたい、大きくなりたい、と。だから僕はきょうもリングフィットを行う。筋肉が育つにつれ思考が頭に限定されなくなった。明らかに動きたいという情動は筋肉から発し、動くという行為は筋肉から要請されている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。