朝、家を出るまで『絵画の素』をてきとうにひらいたところから読む。とてもいい造りの本だな、とひらくたび思う。YouTubeで最新の講演映像を流す。コーヒーの減りで月末を感じる。リュックには『感覚のエデン』。乗り換えの北千住駅の改札内ドトールで軽食。
バイブス高めてよ、と依頼されたので、さっき読んだり見たものをもとに岡崎乾二郎についてああだこうだと話す。書くものが格好よく、なんとなく気分については伝達された上で、作るものはどこか自分でも作れそうな気もしてくるような簡素さだが、しかしいざ作ろうとしてみればすぐにわかる圧倒的なセンスのよさ、ラフに見える部分にこそ宿るキレ、構成要素がシンプルだからこそ誤魔化しの効かない構成の強度がなんかいい、というようなことを話したのだった。たぶんまあこんなことだ、と話すと、まあ、よくわからんけど見ればいいのね、と了解される。清澄白河から歩いて東京都現代美術館に着いたのは十一時前とかで、早起きしたからまだ空いている時間帯からみることができる。『而今而後』という展示。「あかさかみつけ」シリーズというのがキャリア初期の作品のようで、四十年くらい前だった。片側が波うっているプラスチック板を切り出して、立体に組み合わせ着色したもので、洋裁のパターンの線を延長して描かれたドローイングの印象もあって、いかに元となる板から余りなく切り出すかを試行しているように思える。奥さんは、もとの四角からこう切り出して、とその軌跡を観察する。それが「あかさかみつけ」なのか「おかちまち」なのかは忘れたけれど、どうもこれは六角形から切り出しているのではないか、四角い板ではないような気がする、と面白がって、じっさい、そのように見ていくと、一見単純素朴なパターンから切り出されたように見えるそれが、板から切り出して立ち上げていくその過程で、微妙に混乱をきたす部分がある。あとにつづく絵画も、彫刻も、このような、単純素朴な外観と、そのくせ製作過程を遡行していくとどこかでねじれや引っ掛かりを発見し、あれ、これはどうなってるんだ、と立ち尽くすようなところが共通していた。これは、見かけが簡単そうだからこそ目の探索が始まるのだ。そこから見ているこちらの感覚が動き出す。一階の、九十年代の絵が好きだった。ゆめかわな色の配置、ビタミンカラーの多様。盛り盛りのアクリル絵の具はゼリーみたいで、跳ねており、はしゃぎまわっており、十字に区切られた空間をランダムに行き来しながらそれらの色彩に囲まれていると元気が出る。年を進むごとに色数が増え、濁っていくのがユーモラスでもあり、でもこのような元気はつらつ大はしゃぎという感じではなくなっていく。最終盤の彫刻も好き。手足を模した駄洒落のようなものに笑っていると、象のあまりにつよい具象性にとどめをさされて大笑い。お腹いっぱいで展示室を出て、併設の100本のスプーンで甘いものを食べるつもりがもう十四時なので昼食としたが失敗だった。100本のスプーンで食べておいしかったためしがない。きょうは丸丸一日奥さんと遊び呆けた最高の一日で、だからこそこの100本のスプーンだけが汚点だ。それは最近の岡崎乾二郎のアクリル画にみられる、複数の色が合わさり、茶色っぽくくすむ部分のようで、見ようによってはいいのかもしれないが、やはりなんとなくないほうがいいような気がするし、それでいてこれがあるからこそまわりの色やテクスチャーが際立つのだとも言えそうな、そんな点となる。
バスで秋葉原へ。ヨドバシカメラでDJI OSMO POCKET3を買う。ルドンの元気な姿を、たくさん動画に撮りたいから。カラオケで時間を潰そうかと考えたが、秋葉原で予約しないでカラオケに入れた試しがない。書泉ブックタワーを冷やかし、ロイヤルホストでパフェ。ロイヤルホストは最高。この時点ですこし予約時間を過ぎそうだったので奥さんが電話してくれる。さっきカラオケ屋が空いていないのを確かめてくれたのも奥さんで、電話嫌いだったのにずいぶんなことだ。
Jelly Jelly Cafeの夜時間のパックを予約していて、ボードゲームカフェというのは初めてだった。家で二人で遊べるゲームが欲しいね、でも二人用って遊んでみないと合うかどうかわからないし、微妙に高いからどうしようね、と考えていたので、来てみたのだ。店内は汗とカビの臭いが微かにして、薄く安酒のかおりが混じる。学生時代のひとりぐらしのにおいだった。まずお目当てのクニツィアの『バトルライン』。三枚のカードで隊列を組み、九つのフラッグを取り合う。カードの組み合わせと強弱の編成は、五枚から三枚に要素を削いだポーカーのようで、しかし強力な組をすくなくとも三個同時並行で作らねば勝てないので考えることや、意図しない偶然の余地が大きい。これはたいへん面白かった。負けた。おなじくクニツィアの『ロストシティ』も面白かった。探検するエリアが五つに色分けられていて、そこに階段状に同色のカードを積み上げていく。数字が小さいものから順に積み上げていき、あとから小さな数字を足すことはできない。山札がなくなるまで繰り返し、さいごに探索にかかる諸経費が引かれて残った点数を競うのだけれど、各エリアの探索を始める前には賭けカードを積むこともできて、これは積めば積むほど獲得が期待される点数が倍々になっていくのだが、もし赤字になった場合は損も倍々になる。僕は堅実に黒字が見込めるまで賭けも探索開始もせず手札を捨ててばかりいたが、奥さんは大胆に賭け、大勝ちしたり大負けしたりしていたので、対照的で愉快。『ロジカル真王』は絵が好きではなかった。『ベニスコレクション』は完成させない方法が多過ぎて険悪になりそう。『パッチワーク』は遊べてよかったけれど場所をとるし、準備が大変なので家ではやらないだろう。『タギロン』は面白かったし頭の体操にもなる。遊星Dが稽古場で遊んでいた『おばけキャッチ』を二人でやると、ふたりとも下手くそで笑えた。ほとんど全てのゲームで負けていたが、『はらぺこバハムート』だけは奥さんが弱弱で、ぼこぼこにした。あっという間に閉店間際で、終電もあるので名残惜しく思いながら帰る。近所の居酒屋で夕食。寝たのは二時。朝から晩まで、よく遊んだ。こんなふうにデートだけで充満した一日はいつぶりだろうか。楽しかったなあ。