2025.06.27

いきすぎた「正しさ」が蔓延って窮屈だ、みたいな言説、まったくピンとこない。それは主にインターネット上のテキストベースのコミュニティの一部に見られる傾向にすぎないのではないか。ふつうに街を歩いていて、そのへんの人らの言動を「正しさ」が抑制しているとは到底思えない。ひどい振る舞いや発言は、そのへんにごろごろある。

ある種の個人が使用するインターネットは、ふだん抑圧されていることに対しておかしいじゃないかと違和感を表明するガス抜きの場のひとつでしかない。それが大きな動員へと繋がることはあれども、個々の実生活の具体的な場面で個人が声をあげることを励ます要因になっているのかといえば、まだまだ不充分なのではないかと思う。モヤモヤを抱えながら何も言えず、テキストで不特定多数へと語りかけているというのがほとんどなのではないか。労働現場での実感としても、わざわざ直接クレームを入れてくるのって本当に限られた一部の人だ。

だから、少なくないひとらが「正しさ」に違和感を覚える状況の問題とは、自己認識がフィジカルな実生活ではなく、テキストのほうに傾き過ぎているひとが大勢になっているということのほうにこそあるのではないかと思う。いや、べつにそれ自体は問題ではないか。それ自体はよくも悪くもない。テキスト偏重の個人が、培った価値観を生活や労働の空間に反映させる回路が、どうにもうまくいっていないなあと感じている。このくらいがしっくりくるか。

夜は回転寿司。爽快な気分。帰宅してからBUCK-TICK三〇周年記念のお台場野外ステージでのライブ映像を見る。暑さのせいかイライラしがちなルドンは今晩はごきげんで、ひっついてくるし、ヒトの手をべろべろ舐め回す。その舐めのリズムが、アニイのドラムと同期する一小節があって、思わずおおおっと声を出していた。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。