『社交する人間』を読み終える。こちらもずいぶん面白く、たいへん触発されたのだけれど、ちまちまちまちま一ヶ月かけて読んだ。欲望の達成は、あえて悠々と遅延させたほうがむしろ満足は増すのだとこの本でも示唆されていた。けれども、一気に読まされるのも、ゆっくり読むのも、どちらもよいものだ。速い方が楽しいか、遅い方が味わい深いかは、本ごとに異なる。読了の冊数なんかにこだわるのがナンセンスなのは、その本がどんな本なのかをまったく不問にして均質にしてしまうからだ。本はそれぞれに異質であるのに。
本に限らず、異質なものたちを一律に均してしまうということに、どうにも強い拒否感をおぼえる。別様のものたちは、別々のままで並置しておくべきで、それはふつうにできる。一筋縄ではいかせない。すくなくとも二筋縄でいく。『内在的多様性批判』もそういう本だったともいえる。
五〇〇ピースだかのダヤンのパズルを奥さんが実家から持ってきてくれてこの数日黙々と仕上げている。ぜったい無理だと思っていたけど毎日ちゃんと進捗がある。僕が七ピースくらい嵌めているあいだに奥さんは三〇ピースは組み上げて、僕がやったところを、ここ嵌ってないよ、ぜんぜん色違うじゃん、とあっさり添削してバラしてしまう。ダヤンの毛の色はルドンにちょっと似ている。
