2025.09.21

「犬を見る会」というLINEグループに入っている。先月の十五日に、あずまさんとシャーク鮫さんが飲んでいるところに呼んでもらって、結果、どちらかの友達の友達みたいなひとにまで連なった繋がりですてきな人たちが謎に集合していた、とても楽しい夜があった。一軒目を出てそぞろ歩いているときに、シャーク鮫さんから、あずまさんところの犬の散歩代行を募るためのLINEグループがあるが入りたいか、と問われ、もちろん、と応えた。それ以来、とくだんグループが動くこともなく、そもそもあずまさんのグループになぜシャーク鮫さんから招待されているのか。あずまさんの許可は取ったのか。そのあたりは酔っ払いだからはっきりしておらず、曖昧な一ヶ月が過ぎていた。そのグループが週末に動き出し、明日ひまだったら家に来ないか、というあずまさんからのお誘いだった。犬も撫でれるし、たくさんのおやつも出る。魅力的だった。僕は行っていいのか以前に、このグループにいていいのかも曖昧だったから躊躇がないでもなかったが、シャーク鮫さんが行くような気配を見せていたので、じゃあいっか、行きたいですと返事した。犬を見に行くぞ。奥さんにも声をかけて、一緒にお邪魔することにした。

それでその明日というのが今日だった。早めのお昼を済ませて家を出て、乗り換えの繁華な駅で手土産を買う。そういえばお子さんもいるんだったね、自分が子供のころ、大人たちの会合でじぶんだけ蚊帳の外に置かれるのがすごく嫌だったことを思い出し、本屋で絵本を買っていくことにした。あずまさんの投稿やポッドキャストから、絵本が好きそうなことは感じていたのだけれど、だからこそ持っているものを選んでしまってはたいへんだ、かなり悩み、そのせいで三十分くらい遅刻することになってしまう。ただでさえ巻き込まれただけの奥さんはこの時点でけっこうくたびれて無口だ。かなり機嫌が悪いかと見えたが、カラコンの印象でそう見えただけで、喋るとふつうだった。

家に着いて、ピンポンすると犬が鳴く。奥さんはすこし犬が苦手なのでぴくっと身を固くする。扉を開けるとすぐそこに犬。大きい! 泰然として利発そうなお顔だ。飛びかかってくることもなく、ジェントルにすり寄ってきてくれる。可愛くって、靴を脱ぎ、人間たちに簡単に挨拶すると犬にかかりきりになってしまう。しばらくふたりで犬を撫でまわす。奥さんもそこまで怖くなさそうで、奥さんに撫でられているあいだ、犬も嬉しそうな顔に見えたし、あずまさんたちもそう言っていた。犬の表情は豊かだな。顔でしゃべってる。猫と較べてごわごわとかたく立ち上がった毛の撫で心地は面白く、舐めてくれる舌はヤスリみたいじゃなくてとてもなめらか。シルキーなベロだ、と思わず声が漏れる。満足して、というよりも犬が歓迎モードを解いたところでようやく夫妻に手土産をお渡しする。シャーク鮫さんももう来てる。子供はポケモンを見ているところだったのでポケモンには敵わないなと絵本はあとで渡すことにする。あずまさんにこっそり、この本は持ってないですか?と尋ね、持っていなかったのでほっとする。おいしい梨やアップルパイをごちそうになりながら、ポケモンを見ているとふつうに面白く、毎回のクリフハンガーが効いていてつづきが気になる。時代に応じて、単純にポケモン同士を戦わせるというのを自明の前提とせず、戦いや子供の冒険にいちいち丁寧な必然性を用意していくシナリオに、へえ、と感心する。ニャオハがピカチュウ枠なんだ、と思っていたら、ピカチュウが飛空艇の艦長として登場して面白かった。さすが、いまだスペシャルな待遇だ。

お腹もくちくなったところで犬の散歩にみんなで出る。犬はハーネスを見て散歩を察知してはしゃぐのかと思いきや、ハーネスが好きじゃないようで、一回テンションが駄々下がるので可笑しかった。子供は眠たくて愚図りがち。ベビーカーを用意するように主張する。犬のリールをもって、あずまさんが犬を抱っこして、家を出る。その後ろ姿は、子供が犬を散歩させているというよりも、あずまさんを散歩させているようも見えた。犬はごきげんに歩き出し、ひとも近所を案内してもらいながら植生や開花の状況を面白がる。犬は柴犬で、くるんと上がった尻尾の下の穴が丸見えのお尻を、ぷりぷり左右に振りながら歩く。このお尻が僕はたまらなく好き。子供はベビーカーに乗り込み、けっこう早くに眠っていたらしい。いつもより短縮された散歩コースで、早々に家に帰りそうな気配を察知したからなのか、犬の歩みはどんどん遅くなる。それにつきあっていたら、犬を連れるあずまさんと犬に見惚れる僕だけが置いていかれて、ほかの四人はずっと前のほうにいて、そのまま帰宅してしまった。あずまさんは、うんこ出ないな、と思いやり、家を過ぎてもうすこし散歩を続けることにする。ながれでそのまま僕もついていく。家の反対側のコースはたくさんの犬がいて、けっこう遠くからでも吠えかかる。こちらの犬はまったく気にせず、ガン無視して歩く。なぜなら、大体の犬はこちらの犬よりずっと小さい。明らかに格下からの挑発など、なんでもないのだろう。よそのチビの威勢のよさに構わず、好きな草むらの臭いを嗅いではマーキングする。とはいえ、もうずいぶん前におしっこは出尽くしていて、空打ちだ。臭いを嗅いでマーキングするのは、犬にとってのソーシャルネットワーキングのようなもので、だからおしっこは「いいね」のようなものだと教えてもらう。ぽつぽつとおしゃべりしながら、ようやく何箇所目かの「うんこスポット」が今日の「ベストプレイス」となり、うんちがされた。繊細な犬は、いざしようとしたときにまえからひとがくるとひっこめてしまうとも聞いていたし、いちど「ベストプレイス」になりそうだったところでは、お尻を持ち上げてふりふりするだけで出なかったのは僕がまじまじと見ていたからではなかったかと反省し、出そうだとなったらわざと遠ざかってよそ見をしていたからうんちは見れなかった。うんちも出たので、あずまさんが僕にリールを持たせてくれる。うれしい。犬の散歩ってすごく好きだ。右側をキープするのがこだわりらしく、犬の右側に立つとすぐさま回り込まれる。道がちょっとでも右側に膨らむと端っこまで行きたがる。それでも引っ張る力は控えめで、とてもいい子だ。玄関まで抱っこさせてもらう。家では大人たちが「トリオ」という変形神経衰弱で遊んでおり、混ぜてもらう。かなり面白かった。

散歩の序盤からお昼寝していた子供が起きだしてきて、間引いたトランプで神経衰弱して遊ぼうかと誘われるもすぐに飽きて、積み木で遊びたいというのでそうした。古代エジプトが好きらしく、ガイドブックのような体裁の教科書を持ってきて、ピラミッドつくって、というので大人たちが積み上げる。これでどう? いいね、じゃあべつのピラミッドつくって。つぎはこのきゅうでんをつくって。これはね、ラムセスにせいがすんでる。ラムセス二世が好きらしい。企画展にも連れて行ってもらったみたいだ。ピラミッドのこのへやにはおたからがあって、こっちのへやでねる、このへやは、こっちのおたからをはこぶ。へえ、お宝っていうのはどんなのがあるの? わからない…… 宝石とか? いしはおたからじゃないでしょ。

白木のブロックを入り口の前に積み上げて言う。ゆきがふってでれなくなった。ええっどうしよう。だいじょうぶだよ、きょうりゅうがゆきをくだく。砕くとどうなるの? えっとね、とけやすくなる。なるほどねえ。犬がやってきて宮殿を破壊するので大人たちは大はしゃぎ。壊れちゃったね。まあ、またつくればいいよ。それもそうか。つぎはね、まだスフィンクスをつくっていないから、つくって。スフィンクスを作ると、スフィンクスの股の間をくぐってお腹の下を列車が通っていく。ここにせんろをつくってもいい? いいよ、あっちの箱から線路出す?  ちがう、つみきでせんろをつくりたい。なるほどね、オッケー。子供のお夕飯の時間が来る。大人たちがビールを飲みだすので僕も飲む。すぐに食べ終えた子供に、ねえねえと声をかけられて、あそぼう、いいよー。

次はピカチュウと恐竜とドラゴンの一家が住む家の施工を頼まれる。要望をヒアリングしながら組み上げていく。かいてんとびらがほしい。承知しました、これでいいですか? いいね、あとエレベーターがほしい。回転扉で入ってすぐのところにエレベーターですか? うん、いいかんじ、だいどころも。作りました。キッチンもほしいな。台所とキッチンは別ですか? うん。本当に? うん。わかりました、できました、キッチンと台所です。いえができたね。はい、できました。カレーつくって。カレーは台所で作りますか、それともキッチン? だいどころ。台所で恐竜がつくったカレーを電気鼠がたべる。おいしくできたらしい。家の外には湿地帯があり、その泥の底には宝石が隠されている。名前を忘れてしまった工事用の車両が次々と仕事をこなし、泥をかき分け宝石を掘り出し、ついでにそこに新しい家を建てる。労働を終えた車たちは、一日で塗れた泥を落とすために恐竜の家を訪ねる。この家は自宅兼工場兼事務所らしく、泥を落とすのは恐竜の仕事だ。街をきれいに保つゴミ収集車もよごれを落としに家を訪ねてくる。湿地帯のとなりには暗く深い海が広がっていて、ご自慢の回転扉は何度も波にさらわれる。三度目の漂流のあと、大きな風が吹いて回転扉が帰還する。それ以来、回転扉が海におっこちることは二度となかった。

大人たちは魚やカレーを食べていて、僕も食べたい。ちょっとずつ貰いに行き、そのたびに、ねえねえと声をかけられて、あそぼう、いいよー。あまり興奮させては寝つけなくなっちゃうだろう、と少しだけこちらの調子を落ち着かせて一緒に遊ぶ。

さっきまで回転扉がおっことされていたのは照明の落とされた玄関までの廊下で、ひんやりとしているその暗がりには「やさしいくじら」である犬が寝そべっている。回転扉を救出するさい、われわれはこの「くじら」を撫でくり回したものだった。家の反対方向にも別の海がある。その海は大人にはベランダに見える。夜のベランダに立ち、あめがふったみたいだね、ほら、ここにかわができている。そう排水のための凹みを指さす。

積み木遊びは落ち着いたらしく、お気に入りの絵本をいくつか教えてもらう。そうだ、お土産があるんだ。なに、プレゼント、なんで、たんじょうび? いや、仲よくしてくれるお礼だよ。それで絵本をようやく渡せる。読んで欲しいと言ってもらえたので読んであげる。もう一回、というのでもう一回読み始めると別の部屋に引っ込んでしまう。もういいの? そのままよんで! 声だけ聞こえる場所から、自分のために本が読まれている声を聴くのは愉快だろう、くすくすと笑う声が聞こえる。はりきって大きな声で読んだ。

あずまさん夫妻は、奥さんとシャーク鮫さんとテーブルで大人の会話をしている。子供と遊んでいると三十歳くらいの落差があるわけで、とっさに大人の側に調律できない。今日こうしてお呼ばれしたのは、子供ではない大人とのおしゃべりややりとりを家に入れるためというのもあるのかな、と考える。大人たちの会話も楽しそうだった。だからこそ、今晩は子供に遊んでもらう方を選んだ。こうして際限なく遊んでいられるのは、僕がたまにしか子供と遊ばない無責任な観光客だからで、毎日こうはいかないだろう。変な大人、というよりも、体が老けてるだけで同じレベルで遊んでくれるやつ、だと思ってもらえたらいい。

夕方でお暇するはずが、甘えて長居してしまった。また遊びにこれたらいいな。夜は奥さんと沿線エリアを探検してみたかったのだけれど、まっすぐ帰っても遅い時間だ。デートのはずだったのに、とすこし不服そうにする奥さんも、なんだかんだでみんなと仲よく過ごしていたようだから安心だ。それはそれとして今度はちゃんとデートしようね、と考えながら、僕は子供に接するときの態度と奥さんへのそれとはかなり似ているなと改めて気がつく。とにかく相手の話を面白がって聞いて、それで、それで、と際限なくつきあう。そういうのが好きなのだ。とはいえ体力は有限。すげえ眠い。さんざん犬を撫でたから、においが残っているだろう。ルドンは怒るだろうか。帰ったら真っ先にシャワーを浴びるべき? 不倫の証拠隠滅みたいだ。玄関でいつものように待ち構えているわれらが愛猫は、とくだん変わったところもなく、いつも通りに甘ったれだった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。