八時には起きてシャワー。チェックアウトは十時。雨天予報でけやき通りでの古本市は順延になったということで、ビラ配りは諦めてパッキングを済ませたらぎりぎりまで寝直す。きのうわかったのだが、ふたりは独り言が多い。宿の設備や荷造りのなにかについて、ぶつぶつずっと何か喋っている。思っていることがぜんぶ口から出るというのは俳優の特性なのかもしれない。寝るのに邪魔だから次からは雑魚寝はやめて別室をとろう。
向かいのMrMax併設のモスバーガーで朝食。やたらとモスバーガーがおいしい。博多駅でコインロッカーを探す。きょうは祝日の中日ということで金曜のようにはいかず、地上は全滅。地下鉄のほうは空いていたのでほっとする。快晴で、雨が降るとは思えない空模様。きのう丹澤さんがお客さんに教えてもらったという大仏を見に旧市街の方へ歩いていく。立派な寺で、五重塔などはしっかり塗り直されている。福岡はつねに新品みたいにしておくという大事に仕方をするのかもしれない。どうも古ぼけているものに関心が行きがちだから、この感じは新鮮だった。大仏はたしかに大きかった。大仏の麓には地獄極楽巡りの入り口があり、せっかくなので巡る。地獄から極楽へと向かう道中の暗闇が怖くて楽しかった。何も見えないところから光が灯るところにでると極楽絵があり、稲垣さんと光をありがたがった。
正午になって小屋入り。きのうよりは少数ということで、記録映像をどうにか撮っておきたかったから席の間引きをして、カメラの設置場所を試行錯誤する。心配なのはバッテリーの持ちだった。きのうの時点で三人だった予約が今朝六人に増えていて、最終的には九人になる。結局きのうと同数の賑わいだ。昼公演ということで、外からの環境音もずいぶんちがう。飛行機の音がしたり、窓からの光が明るいぶんお客さんの状態も異なる。リピーターがふたりいるので、初日とは大きく雰囲気を変えてやってみる。というか、稲垣さんのテンションもだいぶ違くて、それに応じているだけでも自然に変わる。ずいぶんとアッパーな仕上がりになったと思う。きょうの開場漫画は『青のオーケストラ』。青春エンジョイキラキラ系漫画を続けて読んで、僕はこういうのが好きだなと思う。
終演後、やはりたくさんの方が残ってくださる。月毎の観劇ペーパーを配布しているNさんや、『『ベイブ』論』の感想を書いてくれていた月の人さんにもお会いできる。月の人さんは以前からここすなリスナーだったということで、最近の社交の動きに驚いたとのことですごい。終演後の懇親ですっかり忘れていたけれど、カメラのバッテリーはふつうにもって、停止しそびれていたから終演後も余計に一時間ほど録れてしまった。この日も三時間ほどおしゃべりをして、福岡に来るまでは、そもそも自分が演じ切れるかも不安だったし、集客も貧相だろうし、まあ、失敗してもそこまで傷も深くないし、でもシモダさんには申し訳ないな、まあでも、福岡観光だけでも楽しんで帰ろう、とかなり消極的な気持ちになっていた。それがこんなに楽しくできるなんて。たくさんのお客さんに恵まれ、そのお一人お一人のお話が聴けて、嬉しい偶然も、ありがたい気遣いも、たくさんあって、なにより自分はまだ演劇がやり切れた。嬉しい驚きだ。稽古期間中は、賃労働との折り合いがうまくつかず、もう勘弁だなとめそめそしていたのに、なんとまたやりたいと思えている。これだから危険だ。
天神まで歩く。奥さんに頼まれていたナインチェのガチャガチャを探すがない。あっという間に完売したとのこと。人気が過熱している。今日のお客さんにおすすめしてもらった赤のれんでラーメン。半炒飯、餃子三個とセットで七八〇円。おいしかった。お腹がくちくなると猛烈な眠気。もう動けない。いますぐ横になりたい。そう思いながらもパルコ。三年目だが、毎年とても盛況で、パルコが文化の発信地として機能していてすごい。会場の中心は福岡の書店のブースで、壁面に小規模出版社の棚が並ぶという展開図面はこの三年間たぶん固定で、でもだからこそ耕してきた客層の厚みを感じる。すごいな、ちゃんと根付かせようとしている。格好がいい。ひつじがのブースの『会社員の哲学』は確かに売り切れていた。他の本もあれこれ物色するも、眠すぎて頭に入らず。こんなに本で賑わう福岡で、本を一冊も買わずに帰るなんて。ひつじがで買おうと思っていた本も買い忘れて、稲垣さんと悔しがった。心残りがあるとすればそれが大きい。でももう体力が限界。博多駅でお土産を物色して、稲垣さんはバスまでの時間があるのでこれからmelomys『ドリームタイム』を見にいくという。いいな。僕も行きたかったが、飛行機に間に合わないし、見れたとしても寝てしまうだろう。
空港で眠気の限界がくる。朦朧としながらあまおうのスムージー飲む。行きは二時間かかるが、帰りは一時間半で着くという。飛行機の所要時間はいつもよくわからない。着席後すぐ眠ってしまい、気がついたら離陸してた。成田に着いてから歩かされるし電車も待つ。福岡のスマートさに慣れてしまうとこの鈍臭さに辟易とする。帰りの電車で丹澤さんと簡単な振り返り。やはり、やってよかったと思える公演になったことに安心している。ずいぶん不安だった。ちょうど奥さんと同じくらいのタイミングで最寄りに着くようだったので改札の外で待ち合わせて、僕はこうして日記に書いたような嬉しかったあれこれを、並んで歩き始めてすぐにしゃべりだす。ねえ、きいて、こんなことがあったよ、あれもできたし、これもやれた、ほんとうによかった。奥さんはにこにこ聞いてくれて、僕も演技の名残が残った発話の仕方でこの三日間を再現してみせた。今日も寝るのは二時とかだ。でももう明日は本番もないし、いくらでも寝たっていい。ルドンがいつもどおりにお迎えに出てきてくれる。さっそく膝に飛び乗り、手の甲をざらざらの舌で削って整えてくれる。痛くてうれしい。帰ってきた。
