2025.11.01

八時ごろ目が覚めてシャワーを浴びる。きのうは結局来なかった六月に行った機械書房の公演映像が届いたらしく、もう間に合わないよ、とぶーぶー言いつつ稲垣さんは嬉しそうに再生し始めるので、三人で布団の上でパンを齧りながら見る。お行儀が悪くてよろしい。電波状況が悪くて最初の十分くらいで断念したけれど、しっかり編集されていて楽しい。稲垣さんが艾と線香をとりだして自分や丹澤さんや僕のツボに灸を据えていく。艾をすこし分けてもらって、家でもできるようにとやり方を教えてもらった。直接艾をおいて灰になるまで焼き切るから跡が残るけど、跡が残るくらいがいいらしい。でも跡が残るからやらせてもらえる患者が少ないとのこと。しっかり跡を残してもらう。旅公演の座組みに鍼灸師がいる心強さ。

道すがらのウエストでお昼。僕はごぼう天と牛肉とわかめの得々うどんにいなりもつける。隣の卓は半数以上がそばのオーダーで、通は蕎麦を頼むらしい。そっちなんだというチョイスは人を通に見せる。そういえば昨日から、七隈線の渡辺通という駅名がなぜかカハタレの二人のツボにハマり、わたなべつう、とうっかり読み違えたからでもあり、通ということに敏感になっている。

ひつじがとおなじ通りにあるマックスバリューをひやかし、コーヒースタンドでカフェラテを飲む。時間になったのでひつじがに入って、まずはざっくり席を作る。それから台詞と動きの確認をしながら席とアクトエリアの調整を重ねていき、ざっくり通しながら直すべきところを直していく。わかってはいたが突貫での制作で、どうにか短時間で体と場とを似合わせていく。通しでもセリフを間違え、ゲネでもまったく台詞が思い出せない。こんなんで大丈夫だろうかと不安になる。二本の短編の接続部分の演出を検討し、これは当パンがちゃんとあったほうがいいなと今更思い当たっていたので、自分の出番が終わると「分身中毒」のゲネ中に当パンを作っていく。ゲネ終わりにコンビニで印刷し、小道具のグリーンスムージーも買う。十三時に入って、もうすでに十七時。開演までもう間もない。焦りながら台詞の最終確認。これはもう客入れ中ももういちど確認するほかない。けっきょくばたばたしたまま会場時間で、僕は板つきでカウンターにいるのだけれど、幸いなことにiPhoneをいじっても不自然ではないので脚本を確認しつつ、『ブルーピリオド』を読み始めたら面白くて一気に読んでしまう。だんだん落ち着いてくるが、客席が埋まってくると心拍数が上がる。ひつじがのカウンターには漫画の一巻がたくさん並べられているから『ブルーピリオド』も一巻だ。主人公が絵を介して初めて開示した自身の感性が、友達にあっさり認められて涙ぐむシーンでつい涙ぐんでしまう。しばらくぼんやりしていると、稲垣さんが扉を開けて入ってくる。開演の合図だ。本番の時間感覚というのは不思議だ。台詞を抜かしたことに気がつく冷静さと、止められない勢いと、それでもなんとかはなるなという計算が、淡々と展開してく。早く終わってくれ、とじれったいような濃ゆい粘度が時間にあり、そのくせ過ぎるとあっけない。

終演後、気が抜けてやたらと喋り続ける。九人中八人がずっと残ってくださって日付が変わるまで飲み続けた。目の前で直接感想を伝えてくださるので嬉しい。どうやらなんとかなっていたようで、それで調子づいてさらに喋る。台詞から解放された方が多弁。初めての観劇という方も多く、光栄だった。これが入り口になって色々観るようになったら嬉しい。ご夫婦で本屋を巡るという二人連れも、こういうのは初めてだったのだけれど、と感想をお話ししてくれて、さらには僕の本も読んでくださっていてその話もしてくれる。一方で演劇の制作を二十年以上やっている方もいらっしゃって、福岡の演劇の固定化と新規参入の少なさについて教わる。音楽をやっているという方は、自身の演奏経験やライブでの身のこなしにフィードバックする形できょうの上演を見てくれていたり、漫画を描いているという学生とはコマ割りなどの視線誘導との比較で話をしたりと、ジャンルを軽々と越境したおしゃべりが楽しい。

終演後はいちおう通常営業でもあるので、他のお客さんもやってくる。福岡県田川郡でARBOR BOOKSをやっている久木田さんがお店を閉めたあと会いにきてくれる。しっかり本を読んでくれていて嬉しくおしゃべり。するとあとからやってきたお客さんがARBOR BOOKSのお客さんでもあるらしく、久木田さんに会えるなんて、きょう放送してたテレビも見たよ、と盛り上がるので、席を譲って別の輪に混じりにいく。

上演中からいちばん楽しそうに見てくださっていたお客さんは、熊本から別件でやってきて、本も好きでせっかくだからブックオカも楽しみたいとパンフレットを吟味しているうちこの公演も知ってくれたとのことだった。漫画も好きで『CHANGE THE WORLD』きっかけで演劇に関心が湧いたところだったから勇気を出して申し込んで、バーとかも来るのが初めてだったので、こんなに楽しいなんて、とっても楽しかったですとキラキラした目で伝えてくれるのでこちらも素直に嬉しく、いろいろなお話をする。その方とアニメや漫画のおすすめを紹介し合ううち、本だとどんなものがいいですか、という話題になり、就職したばかりということだったので手前味噌ですが、と『会社員の哲学』を挙げると、目を丸くしてえええっと叫ぶ。たまたまきのうパルコのひつじがコーナーで『会社員の哲学』を買ってくださったのだという。どの本を買うかすごく迷ったんですけど、この本がいちばん目に留まって、とのことで、もちろん今晩観る演劇の出演者と、その本の著者の名前が同一であることに気がつくはずもなかった。まさか、そんな、と鳥肌立ち、こちらも吃驚してきゃいきゃい華やぐ。せっかくの機会なのに置いてきてしまった、というので、猫は好きかと問い、いつか猫を飼うつもりだというのでひつじがに在庫があった『r4ンb-^、m「^』を勧めると買ってくださったのでサインする。わあ、嬉しいなあ、とにこにこしていると、さっきのARBOR BOOKSのお客さんがえええっと言って近寄ってくる。久木田さんのお店で『r4ンb-^、m「^』を買ってくれていたらしい。ひつじがはすごい。来るたびに読者に遭遇できて、人気作家の気分になる。その人は猫好きの友達に贈るからと『r4ンb-^、m「^』を二冊買ってくれる。猫の話題になったので、ルドンの写真を見せびらかす。ちょっと寂しくなり、さぷさぷ飲み続ける。

ようやくおひらきになったのは二十五時くらいだっただろうか。いきと同じウエストで蕎麦とカレーの夕食。二人はタクシーで帰っていくが、腹ごなしとクールダウンのためにひとりで歩く。あすは正午に現地入りだけれど、集客に物足りなさがあるから午前は古本市にビラ配りも兼ねて行きたいところ。睡眠時間は五時間くらいしかとれなそうだった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。