2025.11.22

すこし無理して『旅と日々』をみる。つげ義春が原作だとは知らなかった。ほとんど正方形の画角にのっぺりと映し出されるビル群のグリッドがノートの罫線を呼び込み、円と直線で構成されたハングルに適しているのか、見慣れないフォームで握られた鉛筆で手書きされるシナリオ。そこで書かれたものが撮影されるとグリッドと平面の世界から、水面と奥行きのそれへと切り替わり、車の窓に揺らめく青みがかった光の奥、後部座席からちらっと細い脚が現れて、また隠れ、また現れて女性が起き上がる。劇中のひとびとは腕を振らずにへこへこと不安定なペンギン歩きをする。トンネルを抜けた先の浜辺に降り立つには段差が微妙に高いことで生じる躊躇いと、煙草によって際立つ女性の顔の小ささ。そこで意識される体の華奢さは、劇中劇の終盤のビキニ姿にはっとする準備となっている。ほとんど真四角の画面につねに適切に収まる道や灯りといった人工物と、勾配や海や山といった人為の介在とその座殺の痕跡のなかを、不意に現れ、横切り、消失していくなにものかがある。縦横の最小限の移動は、極小の箱のような画面のなかだからこそ、現れては消えていくという面白さだけを前景化させる。前半ではトンネルの先には海があったのが、後半では雪国となり、ここで中心に据えられる人物が堤真一だと最後まで気がつかず、エンドロールを見ていてもどこに出てたっけ、と訝しんだほどだった。とまあこのようにどこまでも雄弁な語りを誘発させる理知的な画面と繋ぎを前に、どこか所在なさげに、それでいて不敵に佇むシム・ウンギョンの形がかくも容易に言葉とイメージに耽溺してしまう人らのうるささを、軽やかにいなすようでいて素敵だった。いいなあ、好きだなあと嬉しく、物販でパンフレットと『きみの鳥はうたえる』モチーフのキャップを贖い、本屋でつげの文化を買って帰った。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。