午後から両国のYATOで青木さんと待ち合わせしており、開店時間ちょうどくらいに着くとご近所らしい老人が楽しそうに相撲談議に花を咲かせている。五年ぶりとかだろうか。いま日記を確認してみたら二〇二一年一月十日で、だからちょうど五年だ。棚を見ると、横積みになっている本があったり、複数のアドレスに文脈を共有していそうな本が散逸していたり、いい感じに無秩序に茂っている感じがあり、ぶわーっと頭が活性化する。相変わらず人文書の充実が唯一無二の嬉しさで、そのうえで棚のまとう雰囲気は長谷川書店の境地に近づいている感じがある。前回は、『プルーストを読む生活』のころに読んでいた本がたくさんあってわくわくしたのだけれど、今回はこちらもさらに五年分読んでいるわけで、光って見える本も変質しており、こんなのもあったのか、と驚くことができた。まずラトゥールの『社会的なものを組み直す』を見つけてしまい、ラトゥールは取説しか読んでないからちゃんと手にしておきたいなと思いつつ、でも読めるかなあと逡巡。『英文精読教室 第5巻 怪奇に浸る』というのも気になる。異言語での情動を喚起する表現の彩はぜひぼんやりとでも掴んでおきたかった。このあたりで青木さんがやってきてやあやあと挨拶。佐々木さんに『会社員の哲学』を納品して、青木さんをご紹介。お二人が話しているあいだ、夢中で棚に耽る。「階級を選び直す」という副題が気にかかる『茅辺かのう集成』を捲ってみて、けっきょくこの人が何なのかはとっさにわからない。わからないのだが、解説文の題が「「素姓の知れないひとりの中年女」として生きた経験(瀧口夕美)」で、なんだかこれは読みたいやつだな、と直感する。しかし奥のスペースで『書き取りシステム1800・1900』を見つけてしまったから大変だ。これは八五〇〇円もする。でもまあ買うのかなあ。随筆時評や準備し続けている本に使うかもだしという言い訳が通用してしまう本だし。となるとさっきあった『日本語「標準形(スタンダード)の歴史」』も見逃すわけにはいくまい。散在する料理本の並びに目を凝らし続け、柴田書店の『ワンオペ完全マニュアル』を見つけ、おっとなり、でもこれは気になっていた『ワンオペ店の仕込み術』とシリーズは一緒だろうけれど違う本だ、でも買うか。そんなふうに棚を見て、『書き取りシステム1800・1900』だけにしようかと思いつつ、でもまあこれが初買いなわけだし、五年ぶりだし、気になったのは全部買うかと観念し、結局ここに挙げたすべてが購わられた。節操がないというか、はしたない買い方だった。カードリーダが使えないとのことで、系列のORAND でお茶しようか、そっちで会計してもらおうということに。でもおしゃべりはできないお店だからなあと相談していると、じゃあきょうは階上のイベントスペースが空いているからそこ使っていいですよと融通していただく。
それでOUETに案内いただいて、ORANDのチーズケーキやコーヒーをいただきながら青木さんとおしゃべりと録音。かなりいい話が聞けた。ぎりぎりの時間までつきあってもらう。そういえば、前回もこのあたりでか隅田川沿いでおしゃべりして、青木さんがイベントに駆け込む形になったのだったと思い出す。
青木さんを見送ったあと、奥さんは友達と飲んでいるとのことで合流せずにまっすぐ帰り、自宅で友田さんとのイベント配信を見る。序盤の数学の話が面白かった。友田とんはガルシア= マルケスに会いに行かず、パリには赴かず、東京メトロに取材を申し込まない。それはなぜか。その答えの一端が垣間見えた。啓示としてのひらめきと、その手触りを確かめる証明の模索。それは単なる観念の操作でもなければ、現場のルポルタージュでもない。問いに対する答えを持っていそうな当人へ話を聞きに行かず、そのくせ具体的な細部へ妙にこだわる。具体と抽象の独特の同居は、数学的な証明の手つきゆえだったのかも。
『正反対な君と僕』のアニメを見る。みんなが動いてるだけで嬉しくて泣いちゃった。OP前に泣いており、「……早くね?」と呆れられたけれど、原作の一コマ目の前に挿入されたみんなの登校風景が見られたら、そりゃあ泣くだろうがよ。さらに二時間奥さんとも録音。充実したポッドキャスト活動。先日のON READING 以来、書き言葉と話し言葉への関心から社交の実践へという筋が自分の中で明確になってきた手応えがある。そして覇王へ。
