昨晩から風が強く雨も降り、寝る時には1013hPaだった気圧が今晩までに998hPaまで下がる予報。今朝は起き上がれず、諦めて午後までは在宅で労働することに。夕方から出社すればいいや、と割り切る。ルドンはこの数日ヒトの肩関節を圧迫したり、肘の上で眠るマイブームが落ち着いたらしく、いまは僕の枕の真ん中に陣取って寝るのがトレンド。だから枕の隅っこにまで追いやられた僕の頭部はつねにルドンの尻にぐいぐい押しのけられそうになっている。ヒトが起きても猫はそのまま午前いっぱい熟睡していて、保坂和志がどこかで気圧が下がると猫が調子を崩すから餌の記録と一緒に気圧についても記録していて、気圧計よりも猫の反応の方が早いというようなことをどこかで書いていたはずで、ルドンがこういう日にずっと寝ているのを見るとそれを思い出す。具体的な小説の一節というよりは、保坂和志がネコメンタリーだったりでじっさいにカメラの前に見せたりもしていたはずの、猫の食事やトイレの回数などが天気と共にびっしり書き込まれたノートやカレンダーのイメージがまず浮かぶ。
これでしばらく子猫の世話にかかりっきりになることが決まり、その間自分のことは何もしない。できたとしても私はしない。大げさに聞こえるとは思うが、自分のことを何もせずに誰かのことだけをするというのは、じつは一番充実する。野球やサッカーの応援だってそうだ。選手は金をもらっているけれど、スタンドで応援する方は一銭にもならない。それでもみんな仕事や生活の時間をさいてスタジアムに行く。親や子どもの介護で一日の大半を使い果たし、それが何年も何年もつづく人たちは、「何もしていない」のではなくて、「相手のためにずっといろいろな面倒をみる」ということをしている。
人生というものが自分だけのものだったとしたら無意味だと思う。人間が猫にかかりきりになるというのを、人間が絶対だと思っている人は無駄だと思うかもしれないが、私はそう思っていない。トキのヒナが生まれたのはこれから三週間くらいあとのことだったが、トキのヒナも鼻風邪で顔がグチャクチャの子猫も同じだ。というか、「現に目の前にいる」という一点で子猫の方が私には重要であり、同様にトキのヒナの飼育をしている人にはヒナが重要だろう。二年半前に家の一番若かった猫がウィルス性の白血病を発病して、一カ月その世話だけに使ったとき私は、自分以外のものに時間を使うことの貴重さを実感した。
そう書くとすぐに私が常時それを望んでいると誤解する人が必ずいるけれど、望んでいるわけではない。そんな時間はできれば送りたくはない。逃げられないから引き受けるのだ。そして普段は横浜ベイスターズの応援にうつつをぬかしていたい。
保坂和志「生きる歓び」『ハレルヤ』(新潮社)pp.141-142
記録を緻密につけている描写は見つからなかったが、ここが目に留まって引き写す。子供の頃はその自在さや気ままさに惹かれていた保坂だったが、じつは几帳面に記録をつけていたりするところを意外に思っていたその驚きがいまの日記の態度に繋がっている気がするし、猫に恋焦がれるようにして奉仕する「相手のためにずっといろいろな面倒をみる」態度もまたいまの生活態度に響いている。僕はとにかく奥さんのためだけに時間を使いたいとずっと思ってきたし、それがいちばんの充実だった。けれども本を読み過ぎてむしろ社交に傾く最近は、《普段は横浜ベイスターズの応援にうつつをぬかしていたい》というほうにこそ頷く体調だ。しかし、これはもう面倒を見たくない、自分のためだけに時間を使いたいということではない。《逃げられないから引き受ける》のが健康で、必要もないのに引き受けすぎるのはヘルシーではないよな、という分別がついたというだけで、誰かのためにだけ時間を使う充実はまったく損なわれていない。ルドンが来て、奥さんだけのために使いたいと思っていた時間が徐々に猫と分たれてきて、それによってようやく自分のうつつをぬかしていたいことが読書以外にも出てきたような感触がある。けれども、それだけのことであり、いつでも猫や奥さんにかまける準備というのか、覚悟というのか、そんな大袈裟なものではないのだがそういうものもある。僕の時間はいつだって停滞していい。立ちどまって誰かの面倒を見るのはいい。そういうのはいいのだ。とにかく僕は急かされたくないのだと気がついた。早起きしなきゃいけないとか、いつまでにこれを達成しなくちゃとか、そういうのは嫌だ。でも、それは自分のための時間軸での話であって、奥さんのために早起きをして朝ごはんを作らなきゃとか、ルドンのために来週までに買い物を済ませなくちゃとか、そういうのはぜんぜん苦ではない。いや、苦労ではあるが嫌じゃない。そこでは自分の時間はあとまわしになってもいいと感じる。賃労働はなんだかんだで私的なものだと思っているからこそ、賃労働のペースで動かされるのは急かされていると感じる。奥さんや猫のペースに合わせるのは、たとえ相手の方がせっかちであったとしても急かされている感じはしない。
早めの退勤、新宿でシャーク鮫くんと合流。ミズサーで中村拓哉さんを囲む会。開店直後を狙って行ったのでゆっくり話すことができる。若い読者も多く、むしろそのほうが素朴に越境している感もあり気持ちがいい。中村さんの気配りもちょうどよく、気のいい空間だった。徐々に盛会で、紙タバコがもくもくしてくる。そろそろ帰ろうかと思うたびに面白いお客さんがやってきてもう一杯頼む。けっきょく終電近くまで長居して、でもあの感じだと朝までなんだろうな。夜を越えるのは楽しそうだ。終電が早いと朝まで盛り上がりそうという気配の手前で退散できるから未練をそこまで感じないでいいのがいい。鮫くんはたぶんわざわざちょっと遠回りして電車に付き合ってくれて、愉快な話を聞かせてくれる。最寄駅で飲み会帰りの奥さんと合流。コンビニで夜食とアイスを買って、家で食べながら話していると飲み会を抜け出してふたりで続きをやっているような気分になって楽しい。お風呂に入ったり、結局寝たのは二時半。
