先日のゲンロンのイベント「林凌×山本浩貴×植田将暉 瀬戸内海とはなにか──批評・文学・日本の未来は〈四国〉にある」を今日から明日にかけてアーカイブで見た。とても面白かった。実存と飛躍/実証と漸進。批評的ちゃらんぽらん/学術的堅実さ。軽薄さ/退屈さ。こうした二対のやりとりは、だいたい虚しい平行線に終始する。そのような不毛さを終わらせるにはどうすればいいのか。「出身地」の共有が必要なのかもしれない。共に仮の足場として制作した「自分らの地元」においてはじめて相容れないものたちをきちんと緊張関係にもちこめるという実例になっていると思った。そういう意味で、非常に批評的な身振りの実演だった。
批評からもアカデミズムからも縁遠い自分としては、みずからの〈名古屋〉を考えるべきなのかもしれないなー、とも思った。〈名古屋〉には周縁という意識はほぼない。岐阜や三重や静岡の文物をわがもの顔で占有しているし、立身出世で目指すべき中央といえばTOYOTAなわけだ。関西(京都大阪)と関東(東京)は外部としてある。だから僕にとって上京とは〈名古屋〉という光を相対化する闇の自己啓発でもあった。このとき、僕は京大か早稲田に行きたくて、京大は無理だったので早稲田だったというのもイベント中の駒場から京大・戸山へという見立てによってクリアになった感がある。つまり、僕にとって批評とは〈名古屋〉の拒絶の身振りである。
この前の「心の砂地♯」の収録でハッと思い至ったのだけれど、僕が世代の特徴だと自覚していたものは、親類含め僕が第一子であったということ、部活などにまったく入らなかったことによる近接する年長者との接触の乏しさによって研ぎ澄まされたファーストペンギン性にこそ原因があった。具体的な手触りがなかったからこそ、近未来がつねに暗く怖いものとして想像され、じっさいに参入してみるとそこまでではなくて拍子抜けするということを繰り返し続けてきた。このように、つねに保守的に自足しているという僕の長男性は、明らかに〈名古屋〉と近似のものである。なるべく外に出たくない、すでにある秩序を内面化して安らいでいたいという性向(長男性)があり、そのうえでそうした性向への強い違和と反感(〈名古屋〉の拒絶)もまた強く有している。矛盾する性向が共存している。ここに僕にとって切実な問題がありそうに思う。
