枕がふっかふかのやつで、固いのがいいので寝つきが悪く、眠っても悪夢ばかり見た。それでもさすがに体は元気で六時半には目が醒める。お風呂に行く奥さんを見送って二度寝しようかと思うが、いっそ湯に浸かった方がしゃっきりするだろうと思い直し僕も風呂に行くことにする。昨晩もそうだが早朝も宿泊客のみが利用できる時間帯なのでほぼ独り占めだ。ほんとうにここの湯が好きだな、なにを参考にすれば似たような湯を見つけられるのだろうかと思いつつ、どうせ覚えていられないのでなにも調べないまま温まる。
朝御飯 (引用者補足:枝から垂れ下がった葡萄の房のパステル画の挿画)
先付 ざる豆腐 笹川流れの塩 オリーブオイル
焼物 銀鮭こしひかり麹漬け焼 神楽おろし 酢取り若荷
向付 鳥賊素麺 いくら 妻彩々
椀 県産卵の出汁巻 車海老 銀あん
煮物 鴨肉神楽南蛮味噌 旬菜炊き合わせ
〆 こしひかりご飯 巻町味噌を使ったお味噌汁
甘味 ヨーグルトとぶどう花の蜂蜜
お米は新潟を代表するこしひかり。 西蒲区の契約農家より鮮度の良いものを仕入れ、朝食に合わせて炊き立てをご用意しております。 地元の特産品と季節の素材を使った品々とお味噌汁。 丁寧に調理した朝側飯をごゆっくりとご賞味ください。 皆様の素敵な一日の始まりとなることを願っております。
料理長小山
すてきな朝食だ。ご飯は柔らかめの炊き上げなのに粒だっている。米粒とは水をたっぷり含んだグミやゼリーのようなものなのだと納得する。うまい米とはうまい水を閉じ込めるメディアなのだ。だから米がうまいだけではむしろ水のよしあしが際立ってしまうのだろう。水が内容なのだから。
食後、てきぱきと支度をしてバスの時間まで中庭でジュースを飲みながら噴水を眺める。
越後線を今度は白山駅で降りて、信濃川沿いを県民会館に向かう。あれはなんというんだろう、六人から九人乗りの大きなカヌーがいくつか走っていくのを面白く眺める。まだ時間があるので白山神社を流し、ここには十二柱くらいの神が集まってきているとのことで、恋愛成就や商売繁盛から歯痛まで、なんでもお願いできるようだった。集合住宅かな、と奥さんがいい、老人ホームじゃないか、と応える。これだけいるとありがたみが薄れる。いちばん感心したのはタマ公だった。
忠犬タマ公について
銅像の主「タマ公」は、純日本種の芝犬で、中蒲原郡川内村(現在の村松町)刈田吉太郎さんの飼犬であった。 昭和9年2月5日刈田さんが雪崩で遭難した時、タマ公はこれを救い出し、時の県知事からおほめにあずかった。さらに、昭和11年1月10日雪崩れの下敷になった刈田さんほか3名を救い出した。この2回にわたる働きは、当時、新聞やラジオで世人に伝えられ、忠犬美談の花を咲かせた。 人も及ばぬタマ公の行動に深く感動した川内小学校の渡辺校長は、人間教化の一助、児童教育の一端として、知人と相談し、忠義と勇気を後世に伝えるため、その像を建てる運動をはじめた。県下の小学生達も、1銭2銭と献金に応じ、昭和12年11月最初の銅像ができあがった。しかし、その銅像は、太平洋戦争の最中に銅鉄回収運動に応じ供出されてしまったが、その後新潟市民の支援によって、昭和34年4月10日、皇太子殿下御成婚を記念して再建された。
昭和34年4月10日 新潟市長 村田 三郎 新潟市愛犬団体連盟会長 小石 栄作
それから燕喜館を見学する。奥座敷だけで家より広い。新潟市歴史博物館が協力している白山神社の「新潟総鎮守の歴史」パネルにはこうあった。
新潟湊に出入りする「北前船」。なかでも大型の「千石船」の場合は、大阪と北海道を一往復すると千両(現在の6千万円から1億円)の利益を得られました。才覚と努力で一攫千金もかなう「北前船」は民の夢物語でもありました。しかし、その分リスクも高く、難破や沈没の記録も数多く残されています。
この屋敷は先月奥さんが見に行ったお屋敷の一部を移築したものらしいが、一部でもこれだけの広さだ。新潟というのはものすごく都会的で、維新後の開港以来、いっそう富の集中する場でもあったのだろう。時代の先端で賭けに出る豪胆さと強運とで築かれる財の途方もなさ。
いよいよ今回の目的である県民会館に移動する。『MANKAI STAGE『A3!』ACT3』春夏公演だ。七年も続くこのシリーズ。前回の公演がマーベルの『エンド・ゲーム』的な位置付けだったのもあり、さらにはキャストの変更もあったので今回は仕切り直しという感じ。会場も東京は初演と同じ銀河劇場で、そのおかげでチケットが取れなかったからいまここにいる。
幕が上がって、幕が降りた。ある種のものの考えなさは、僕の場合このような客席でこそもたらされる。
終演後は古町を散歩。麹ドリンクをテイクアウトしたりしつつ、僕はRural Readingの航太さんに教えてもらったTADAYOIで過ごさせてもらう。奥さんは隣の喫茶店で休憩。あれこれと試着させてもらい、パジャマの受注にも悩みつつ、最終的にごきげんなパンツを贖う。かなり盛況で圧倒されてしまいあまり話はできなかったので、もうすこし落ち着いて見られる日にまた来てみたいが、子供から大人、犬までこぞりて賑々しい、いい感じの状況ではあった。抜けがありつつモノは尖っている、人懐こさと鋭さが気負わず共存するかっこいい空間だ。
新潟駅までバスで移動し、新潟長谷川屋へ。角打ちでは阿部酒造のゴールドと星のやつ、弥栄醸造の一擲という十割麹酒、麦とアガペのホップのやつを楽しみ、えいやとたくさん買って配送にしてもらう。家で飲む習慣はあまりないが、これらは楽しみたい。
宿での和食が完璧だったので、夕食は洋食にする。Mapsでピン留めしてあったビストロ・ド・またのりに行ってみて、ドリンクと牛舌シチューオムライスだけ注文。これまでいいものを食べ過ぎてふつうだたが、ふつうにおいしいほうのふつうなので、なんというか、ふつうだった。平熱の気分で駅に戻り、満たされていたのでお土産もそこそこ、大型アイドルのコンサートの影響で指定席はとれなかったので、三十分前には自由席に並んでおいたのだが正解だった。われわれは座れたが、通路から乗降スペースまでみっしり人が詰め込まれ、こんな状態で二時間立っているのは過酷過ぎた。耳を塞いでさっさと眠る。ちょっとだけ本を読む。東京からの電車で立っていても、新幹線と違って立たせることを前提に設計されているから快適だなあと思える。帰宅するとルドンがぷりぷりした感じで鳴き続け、僕が荷解きを終わらせているあいだ奥さんの膝に座り込んで気が済むまでの撫でを強硬に要求し続けた。奥さんと交代して僕は猫じゃらしで無限に遊ぶ。お風呂に入ると、おい、まだ終わってないぞとばかり廊下から声が聞こえてくる。寝る間際まで飛び回るのに付き合って、ベッドに入るとしっくりくる枕が嬉しい。すぐに猫に横取りさせる。それでも家の方が安眠できる。顔に肉球押し付けてくるのやめてほしい。
