2026.04.25

電車を乗り継いで上野から新幹線。新潟駅に正午過ぎに到着。先月は真っ白だったあたりも車窓から見える遠景の山の頂上の他は雪が溶けているようだった。ひとまず駅ビルのお店でランチ。奥さんはおにぎりセット、僕はタレかつ丼。タレかつ丼は病み上がりの先月におそるおそる一口もらっておいしかったから、きょうこうして元気に食べられて嬉しい。歩きながら飲む用にヤスダヨーグルトを買って、越後線に乗って内野へ向かう。計画よりも一本早いのに乗れて、シャトルバスの時間まで三十分くらい余裕ができた。それならばと複合長屋たねむに向かうのだが、前回はバスだったから方向が微妙にわからなくなって交差点のあたりを無駄に往復したりした。こんこん堂で井上さんにご挨拶。本棚をゆっくり見る。廊下を右から左に影が走り、井上さんが、あれ、子供?と声を上げる。ウチノ食堂の方から野呂さんがやってきて、あれこんにちは、雀が入りこんできちゃった、と困った顔をしてまた戻っていく。すると入れ違いでたしかに雀が今度は右側へとすばやく横切っていき、また左側へと切り返す。食堂の方から、わーっと声が上がる。もう時間なので一冊買って退散。

きょうは酒蔵巡りのシャトルバスも出る日のようで、内野駅ロータリーに列ができている。カーブドッチ行きのバスに間違えて乗り込みそうになる人が続出してたいへんそうだった。バスに揺られていると、突然白っぽい丘に突き当たる。砂丘だ! 左折すると海が見える。その向こうにあるのが佐渡島だ。この時期は休みの時期だろうか。葉もついていない低木が葡萄畑のなかにバスが侵入していく。降車すると天井の広い吹き抜けのロビーでウェルカムドリンクが振る舞われる。赤のスパークリング。こういうのがあるとこ泊まるの初めてだ。もともとは大型アイドルのコンサートと重なっているがために駅前エリアに宿が取れなかったことによる想定外の贅沢だけれどせっかくなのでのんびりしよう。チェックイン前にワイナリーのあたりをぐるっと散歩するが、歩けそうなエリアは思ったよりもコンパクトで十分くらいで一周できてしまう。いい天気でよかった。庭や畑を眺めながら過ごす。土産物や雑貨などをひやかしつつ、部屋に入る。備え付けのペットボトルの軟水がやけにおいしかった。千葉の水がまずすぎるというのもある。ラウンジのカフェで越後姫とピスタチオのパフェ。食べ合わせなど考えずにビールも頼んだが、ピスタチオのアイスと案外合う。夕食の時間までは自由時間にしようと決める。さいきん二人が立て続けに摂取した阿賀沢紅茶作品の修学旅行では自由時間しか一緒にいられないが、われわれはむしろ自由時間しかひとりになれないからね、というようなことを奥さんが言う。せっかくなので明るいうちに露天風呂に入ることに。アルカリ性の温泉で、さっきのペットボトルのように水が柔らかい。ちょっとぬめりがあるようにも感じるが、硫黄とかの感じと違い肌に残らないというか、だからぬめりじゃなくてとろみだ、肌触りのいいシーツのような気持ちよさがある。芝生で雀たちがじゃれている。新潟の雀はなんだか朗らかだとてきとうなことを考える。これまであまり泉質みたいなのを気にしたことはなかったけれど、ここのお湯がかなり好きだな、ぷへー、と溶けていくようだ。四十度強とそこまで熱めなわけでもないし、風も涼やかで半身をゆるゆる浸けていられるが、あがると芯からぽかぽかする。温泉でポカポカしながらプールでぷかぷか浮かぶ東浩紀の文章を思い出していた。

消費社会において「ものを考えないこと」の肯定的側面を照らそうとするこの論考は、この数年ずっと構想されていたものであった、しかし書き上げるには《ちゃんとリゾートに滞在しなければならな》かったと東はいう。

消費社会の全面化した現在、世界を作っているのは客と裏方であり、人びとは裏方と客とを相互に行き来している。東はこれを客的-裏方的二重体と名指す。われわれは客が「ものを考えない」ために裏方として「ものを考える」のだが、それだけに固着していてはいけないのではないか。裏方が代わりに考えてくれているあいだ、十全に「ものを考えない」客を「ちゃんと」やることもまた重要なのではないか。つねに「ものを考えて」ばかりいるから、人を友と敵に分けばらばらになるのではないか。「ものを考えない」ときこそ《よほど寛容で、そして他者に対して「開かれている」のではないか》。湯上がりの体を図書スペースのソファに横たえ、持ってきた本を読み、うとうとしながら思い出していたのはチェックイン前の散歩で見かけた草刈りロボットMASAOだ。ルンバのような形状で、充電器が据え付けられた犬小屋まで用意してもらっていたMASAO。働くロボットがやけに好きだ。近未来の僕らは夜更けに中庭のガラス窓を清掃するロボットにはしゃぎながらコーヒー牛乳を飲むことにもなるガラス窓の清掃ロボットはふしぎだ。正方形で、おそらく中央の吸引装置で窓に吸い付いて二片のローラーで巧みに方向転換しつつ拭き上げていく。スタッフはこまめにロボットを窓から引き剥がし、布巾の部分を清掃槽にセットして、準備ができるとまた別の窓へと吸引させてやる。

目が覚めてからは棚にあった五味太郎『正しい暮し方読本』を引き抜いて読んでいると奥さんがやってきたので一緒に読む。時間になったのでレストランに向かう。卓上のお品書き。

土瓶蒸しというのは初めて食べた。土瓶からお猪口に出汁を注いで飲み、中の魚を箸で突いて食べる。鰆もやけにうまかった。あとの桜鯛もそうなのだが、身がふっくらしている。炭の香りを移したオイルで焼き上げたというホタルイカもすごくて、これまで食べたホタルイカのポテンシャルを引き出しきれていなかったことを申し訳なく思うほどだ。八色椎茸味噌も常備したくなる。炊き込みご飯は塩だけの白いご飯で、風味がしとやかに引き立つ。お酒は日本酒とワインを行き来しながら合わせて行ったのだが、やはり日本酒が好きだ。八海山の「唎酒 Rishu 黄菖蒲」というのもおいしかった。南国フルーツのような酸味と甘みがふくよかだ。そしてSAKENOVA ****BREWERYの酒がファンタジーなおいしさだった。佐渡の蜜柑と林檎が合わさっており、やや濁りがある。アムリタだ、と奥さんが零す。子供の頃思い描いた美酒の味がする。どこで売っているか教えてもらう。

食休みがてら館内を改めて散策。館内の本棚を眺めていた。二階の棚の方がずいぶん好きだった。絵本のあるコーナーのソファに寝転がり、ウィーナーの『人間機械論』、『和田誠 日活名画座ポスター集』、長谷部恭男『憲法学の虫眼鏡』あたりを買いたくなったが、このタイミングで荷物を増やすのはなぁと思い我慢。ワインを飲むと眠たくなる、体質的に得意ではないのだろう、奥さんはもう部屋でゆっくりするという。僕はお風呂に入りたくてまた入りにいく。とろとろと浸かり汗をかき、夜風に身を晒して酔いを覚ます。水をたくさん飲む。水分を摂ったらまた浸かる。体のなかの水を入れ替えていくようなイメージ。裸眼だと星はまったく見えないが、月がやけに眩しい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。