2021.06.20(2-p.53)

浅草行きのバスに前回乗り遅れたのは家を出なくてはいけない時間になって出る支度を始めたからだ、そういう反省を活かして出る三分前から支度を始めて定刻に出ることができたが目の前でバスは行ってしまった。家からバス停までの歩数は計算通りだったのだが、エレベータで下まで降りるその上下の移動の時間を勘定に入れていなかった。次こそは。次こそはバスに乗ろう。二人は決意するというほど強くはないがいい加減時間を読むときはある程度の余裕を持たせたほうがいいなと考え直すくらいのことはした。次のバスは十五分後だった。麦茶とCCレモンを買う。

てんてこ舞いじゃなくて獅子舞かあ。

浅草に着くと女の人がそう話していて、なんてすてきな間違いだろうと奥さんと目を見合わせてにこにこした。芋のしょっぱく揚げたのを食べられるおしゃれなお店ができていてそれが目当てだった。頭のいい味がした。甘い芋も食べたかったが舟和も芋なんとかという新しい店もなんだか盛況していて白けてやめた。フグレンでワッフルとカフェラテ。テイクアウトではないフグレンは久しぶりのような気もした。カフェラテはいつも美味しい。僕はアイスで奥さんはホット。温かいほうが牛乳の甘さが際立つ。気圧がどんどん下がって奥さんの心は一度折れた。バス停で二〇分後に来るバスを待つふりをして座り込み、二〇分すると今度は車内で座って休むとすこしましになる。上野公園で降りて玩具屋をひやかしたあとパルコヤの3階のみはしであんみつを食べるとみるみる血色が良くなった。こんなにあんみつが食べたいコンディションであんみつ食べるの初めて、と奥さんはもはや幼いような安心し切った顔で言う。ホールの係の人がとてもにこやかで細やかでディズニーランドのキャストのようだった。顔の上半分だけでわかる完璧な笑顔。奥さんが読んでいた『脳を鍛えるには運動しかない!』という本では、脳を鍛えるのはとにかく有酸素運動、特に走るべきで、できることなら複数人で行うのがいい、ということが書かれていたらしく、それを受けて僕が二人でのランニングを提案すると奥さんは心底嫌そうな顔をしたが、心底嫌でもランニングに連れていかれるためにこそ奥さんはこの話をしたわけだから、そのままスポーツ店でもろもろ見繕って帰るとすぐに支度をしてまた走りに出かけることになる。奥さんの後ろから走って、公園を何周かする。奥さんがぎりぎり頑張れる限界のちょっと手前くらいまで、と思いながら周回数やペースを調整しながら伴走する。僕は一人の時はてきとうに疲れて満足したら帰るような走り方をするけれど、奥さんの調子を見ながら塩梅を調整するような走り方は主語がこちらにないから自然こちらは余裕があるままに終わる。それがよくて、普段は満足してしまうからそのまま平気で何ヶ月も走らないでいられるが今日はもうまた早く走りたくて──というか走らせたくてたまらない。また頑張ろうねと言うと奥さんはゲエという顔をするがそれでもたぶんちゃんと走るだろう。僕も僕をなるべくコントロール下に置くためにも走って脳を鍛え直さなくてはいけないし丁度よかった。三〇になった夫妻が並んでランニングを始めるのいかにも過ぎるからなんかエクソシストになるとかしてバランスを取りたい、と奥さんは言う。なんのバランスだろうか。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。