2021.09.02(2-p.150)

のんびり起きてから朝飯を食べたらもう家を出たい時間だった。うきうき出かけていく。眼鏡を買いにわざわざ大宮まで行くのだ。最近の僕は髪をほとんど刈り上げて、大ぶりのごつい眼鏡をかけたいという気分で、しかし具体的にどんなふうなのかイメージが固まっていなくて空飛ぶ家のカールじいさんなんじゃないかとずっと言ってきたのだが、それだと生身の人間のように参考にできない。昨日ついにジョージ・A・ロメロが理想なのだと気がついた。気がついてしまえば早くて、着用している型がゴライアスという名前だとつきとめて、とうとう大宮に復刻モデルがあることを確認した。それで初めての大宮だった。明け方目が覚めてしまった時、Twitterの検索窓に「大宮」と打ちこんでフォローしているユーザーに絞って2013年くらいまで遡っていくとめぼしいお店は居酒屋ばかりで、みんな楽しそうに飲んでいる。切ない気持ちになってしまう。汚ねえ居酒屋で生ビール飲みながら生は汚ねえから瓶しか飲みたくないんだけどうっかり生頼んじゃうよねみたいなどうしようもなくどうでもいい話を汚ねえ唾飛ばしながら大声で交わしたい、みたいな欲望を、僕はまだ持てているだろうか。もはや遠い過去の蛮習として懐古することしかできない気もする。パンデミックによって、健康的であることと制度に迎合的であることとが同一視される事態が加速した気がする。でもそれは違うんだよな、と思う。車中では本を読まずポッドキャストの「超相対性理論」を聴いていた。ここでも話しては酔っ払っていた。酔っ払いたいな。

お店についてさっそく商品ページを見せて、目当ての眼鏡を見せてもらう。試着するとやっぱり僕にとっても似合う。サイズが二種類あって、本家は大きい方のようだったけれど、僕の顔のサイズには小さいサイズの方がしっくりくる。画像検索する限り、ロメロも二種類もってたんじゃないだろうか。好好爺の笑顔からはみ出るほど大きいサイズもお茶目だったけれど、普段使いにはちょうど顔の幅をすっぽり覆うくらいの方が格好がよさそうだった。レンズの相談をして、お会計。来週には届けてもらえるとのことでとても楽しみ。ON READING でのイベントには新調した眼鏡で挑める。もしかしたら作るのに半月とかかかって間に合わないんじゃないかと危惧していたからこれは嬉しい。楽しみだなあ。

上野で乗り換え時、お茶がてらROUTE BOOKS へ。ここの棚は手堅く趣味が合う感じがある。『ベケット氏の最期の時間』という未知の本と、『思考のランドスケープ』というどこかで遭遇したら買うと決めていた本を買って、ついでに軽食をいただく。マフィンをほおばりながら『現代思想からの動物論』を読んでいた。

帰宅してからは三田村『宦官』を読むのだけれど、なんだか記述が雑すぎる気もして後半はざっと流し読みする程度で済ませてしまった。こういうのは手堅く事実だけを書いてほしいと言うか、断定口調で感想を入れ込まないで欲しかった。しかし数十年前の研究というのはこのくらい大らかだったのかもしれない、と思うことも多い。ほとんどエッセイみたいな。

来週は「文學界」の発売もあれば、眼鏡の到着もあれば、FGOの水着イベントもあれば、ワクチンの二回目もある。盛り沢山だ。僕はこうやって未来に楽しみがあるとついつい今を疎かにしてしまうというか、いまもすでに今週スキップできないかな、と思ってしまっている。気がつくとエゴサしているか、試着時に撮ってもらった素敵な眼鏡をかけた僕の写真を眺めているか、FGOに用事もなくログインしているかしていて、落ち着かない。いまここを心ある道として歩くんだ、と僕の中のカスタネダの中のドンファンにたしなめられる。しかし、あーあ、早く来週が来ないかなあ!

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。