今日のポッドキャストは「良い夜を聴いている」。テーマ設定と構成がしっかりしているとこんなにも聴きやすいんだなあ、と思う。語り口も明晰で、すごいなあ、見習いたいけどポイエティークRADIO はたぶん今後も構成も編集もゼロでやっていくのだろう。そうでなければ僕は毎週やれないからだ。僕は何事もなるべく雑で済ませる、世の中の大したことないものの総量を増やす、そういう気概でやっている。そう思いながら聴いていると「ボルヘスはうんちしない」とか言い出して笑ってしまった。しっかり作り込みつつしっかり脱力する、緩急のつけ方が格好いい。人の本の話は楽しいな、どんどん読みたくなる、と思いヨイヨルさんにTwitterで話しかけてしまう。向こうからしたら未知の他人みたいなものかもだし、気味悪がられるかも、と思ったが、今日はこういう抑えが効かない日のようだった。ヨイヨルさんはポッドキャストを始める前のリサーチの一環でポイエティークRADIOも聴いてくださったようで「ゆるい語り口が心地よくて肩凝り治りました」と言ってくださる。肩凝りに効くポッドキャストってとてもいいな、これからキャッチコピーに使おうかな、と嬉しい。
今日は会社でクソみたいなことばかり起きて珍しくたかだか賃労働に気持ちが掻き乱されたので、それで他人への距離感がバグっているのかもしれない。普段ならしないような踏み越えをやらかす。Amazonで『プルーストを読む生活』を買ってくださった方が、本が破損して送られてきてがっかりしているツイートを見かけて、たまらず引用リツイート──滅ぶべき悪しき文化──で話しかけてしまった。Amazonへの違和感とH.A.B のスタンスを説明したあと、次のようなことをどんどこ書き連ねていった。
確かに送料だとか届け先入力だとか面倒やお金もかかるかもだけど、どうせお金を払うなら、効率だけで矜持のないつまらない会社にではなく、「いい店」に払おう、いいものを作った人たちの仕事が報われるようなヘルシーなサイクルに与してこう、みたいなのが僕の好みです。せっかくこんなヘンテコで分厚くて安くはない本を買うのなら、「どこで買うか」も含めて楽しんでもらえたら嬉しいです。もちろんAmazonで買うな、というわけじゃないです。Amazon便利ですし。でももし余裕があったら、楽しいお金の使い方をぜひ。
送料の負担すら死活問題になりうる、明日の三食を抜いてでも本を買う、そういう切実さもあるので、誰にでも送料くらい払えよ、とは言えません。しかし送料「くらい」ではない。送料は立派な仕事の対価です。そもそも送料をケチりたくなるほど僕らが貧しいのは、「送料無料」みたいな誰かの仕事を安く済ます構造があるからでもあります。自分たちを安く買い叩く構造に抵抗する一つの手段としても、どこに金を払うかをちゃんと選択するという手間暇は有効です。こういう「買い物も選挙」みたいな論法は、結局金かよ、というかいわゆる新自由主義的な価値観の強化に過ぎないのかもしれません。けれども押し付けられた環境で、相手の道具や文脈を好き勝手に誤読し、自身の武器として密猟するのが生活者の日常的実践なんだとミシェル・ド・セルトーも言うとります。
──我ながら面倒くさい。ただでさえ本が雑に送られてきて悲しいのに、こんな絡まれ方したら余計にうんざりしちゃうかもしれない。今日はなんかだめだなあ、と思い、夕食後にまた『ストップ・メイキング・センス』を観て自分を機嫌をとる。するとお相手からとても丁寧なお返事があって、気持ちよくやりとりができた、よかった、と思う。ちゃんと言葉が届いた感じがして、とても嬉しかった。三柴さんの「豊かというのは金銭に余裕がある状態では決してなくて「はやくて便利」に背を向けること。殊に現代においては。」という応答もいいこと言うなあ、というか、それです、そこまで僕が言ったことにしていいですか? と思う。
すっかり機嫌が良くなって、『アメリカン・ユートピア』のサントラを流しながらこの日記を書いている。
