2021.10.16(2-p.166)

EXTELLA の玉藻ルートをクリアして、最後の最後に玉藻も好きだなと思わされてしまって悔しい。選ばれない側の話がどうしても好きだ。しかしネロちゃまのことを思うとこのわりと好みなエンドも素直に喜べないはずだったのに、玉藻よかったねえと思わされてしまうから嫌だ。ネロちゃまにこの結末をあげようよ! 悔しい気持ちのまま、もう奈須きのこには振り回されない、と決意して次を始める。冒頭の説明文がFGO ともがっつり関わるところで面白く読む。それから出てきた巨神アルテラのあまりの可愛さにあっさりとやられた。か、可愛いッ。僕はとても早見沙織の声がとても好きなのですが、能登麻美子の声質に通じるところがあることに気がついてしまったというか、とにかく綺麗な澄んだ声が好きなようだ。え、いや、ネロちゃまに幸せになって欲しいから仕方なく別のルートも遊んでいるはずなのに、あれ?

夕方からは『ゾンビランドサガ』の幕張ライブの配信。ミクチャというサービスを初めて使ったけれど、後半になる頃には配信としてもゴールデンタイムなのだろう。あからさまに通信状況が悪くなって最後の二、三曲は途切れ途切れでほとんど聴けなかった。あとでアーカイヴで観よう。立川で観た『A3!』のトルライみたいに2.5次元というわけでもなく、あくまで声優が声優として、作品内のアイドルとして歌い踊るという形式は、リアリティラインがブレブレで面白かった。奥さんはそれがすこし気になってしまうようだった。僕としてはそれこそ怪談やフェイクドキュメンタリーの際を狙う感じに近い感じがしてちょうどよかった。ジャニーズとかがやるようなトロッコで会場を巡る演出があって、ふたりで本物のアイドルだあ、と感激した。トロッコを囲んで振られるペンライトの群れを見てハッとした。そうか、『ゾンビランドサガ』におけるゾンビは実は観客の方なんだ。トロッコに群がるペンライトは、ゾンビ映画のお約束でもあるトラックやコンテナの上に逃れた主人公たちに向かって緩慢な動作で手を伸ばすゾンビの塊とそっくりだった。ゾンビは大衆の比喩だというのはよくある見立てだが、『ゾンビランドサガ』においてはゾンビを生きたファンの群れが取り巻く。個と群れの対比、その反転。ようやく『ゾンビランドサガ』をゾンビものとして鑑賞する手がかりが掴めた気がするよ、と熱っぽく奥さんに語りかけると、あ、へえ、思いついちゃったんだね、との返事。うん、返事しようがないよね。

友田さんのツイートで今回はニコリの創業者の話らしい。つい先日奥さんとニコリの話をしたばかりだった。最近奥さんはスマホで数独を遊んでいる。数独系のパズルはニコリしか認めないと家族代々決まっているらしい。奥さんが嬉しそうに、読まなきゃ、と言っているとちょうど「HABノ冊子」第11号が我が家にも到着。奥さんは早く開けて、と開封を急かしてくる。開けて冊子を一部手渡すと、同志の文章読まなきゃ、と僕よりも先に読み出した。すぐに、ふは、と声が聞こえて、愉快そうにこちらに戻ってくると、なんか全然思ってたのと違う方向に進んでく、と教えてくれる。そりゃ友田とんだもんね、と僕も読むのが楽しみになった。

日記を書いていると背後で、エッ、と奥さんが声をあげるので何事かと思って振り返ると、阿良句先生って能登さんなんだって、と言うので僕もエエッとのけぞった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。