今週の予定をノートに書き出していきながら、こんがらがった頭を整理する。書き文字として外在化させてしまえばあまりにも無謀に思われる長距離移動の連続もべつに無理ではないことが可視化されるし、なにより漠然とした心配事として頭の中にモヤモヤと残しておく必要がほとんどなくなるからすっきりしていい。なによりも手を動かすとなんかやった気になれる。
奥さんが在庫管理のスプレッドシートをどんどん改造してくれて、ものすごく便利になっていく。すごい。多機能搭載でいながら日々の管理はシンプル。素晴らしい。けれどもおかげですでに在庫が狂っていることが明らかになってしまって、ずいぶん長い間画面を睨み続けたが結局わからずじまいで、とりあえず実在庫に合うように調整を入れた。いま判明している以上に納品数にミスがあったのかも知れない、と思うと震える。
冗談で始めたTikTokだけれど、流石に投稿数1で終えるのは格好が悪い。なにかいいネタがないかと考えながら本棚を眺めていて、何気なく手に取ったピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』を読み始めたら面白くて最後まで読んでしまう。しかしこの通読という行為、なんなら何度目かの再読という行為を経てもなお、この本を本当に「読んだ」と言えるかは疑わしい。しかし読み返してみて驚いたのはこの本は自分で思っている以上に血肉になっているというか、『プルーストを読む生活』の方法はすでにここに書かれていたことだったな、という気になる。一冊に拘泥しすぎず、横断すること。その運動の中で編まれる網の目にこそ目を凝らすこと。初めに読んだのは高校生くらいの頃だろうか。父がブックオフで100円で買ってきた単行本を読んだ。思えば保坂和志も父の本棚から拝借して読んだ。何度読み返しても半分以上忘れてしまうが、自分の人格形成に大きく関わっている本は、『カンバセイション・ピース』と、バイヤールと、見田宗介『気流の鳴る音』だろう。小学生、中高生、大学生で読んだ本。
素人 ちょっと説明的に過ぎませんか。
柿内正午「アカミミNEWS NO.02」
PR 説明好きなんですよ。というか説明がいちばん面白いですよ。作品の偉大さっていまだ説明ができないものってことですよ。すぐさま説明がつくようなものは作品とは言えなくて、もうそれは説明読んだ方が面白くないですか。
最近書いたネットプリントの鼎談にはこういうやりとりがある。これなんてまさに『読んでいない本について堂々と語る方法』のエッセンスじゃないか。「アカミミNEWS」はセブン–イレブンのネットプリントで「00095669」と入力すると出せます。A3白黒両面推奨。あさって15日でおしまいです。僕の日記はいつか本の形で出すかも知れないからこうした告知は明らかに古びる。これを紙で読んでいる人はごめんなさいね。いまそちらは何年何月ですか?
へえ、そうなんだ。