2022.07.08

少し早めにとった昼休みにニュースを知った。

稚拙で不誠実な振る舞いで言葉の意味内容を空疎にし、言葉の機能を破壊し続けた当人がより稚拙な暴力によって黙らされてしまう事態は、言葉の機能停止を決定的にして、彼らが醸成してきた個々人の無力感を一層強め、「安心」へと隷属する欲望を掻き立てるだろう。滑舌もなにもかも悪い人の仕事の中断ではなく、完遂にしかならない。それが最悪に嫌。

生きてても死んでても関係なく嫌だな、そう思ってずっと気分が落ち込んでいたが、昼時の街中は当然ふだん通りで、人一人倒れようが関係なしに機能している。八年弱の期間、政治によって誰が死のうが関係なしにひとつの政権が続いたのと同じことだ。食堂でも、カフェでも、とくだん話題には上がっていなかった。そんなものなのだな、と冷静になる。

午後は仕事が忙しかったら良かったのだがそうでもなかったので、NHK のニュース画面を開きっぱなしにしておいて、ひまがあれば確認に行ってしまう。十八時前に速報が流れる。辞任のさいの功績を評価するような言論さえ薄ら寒かったのに、こうなってしまうとどこまで冷え込むのかわかったものではない。ニュースでは「政治信条への反発ではない」というような証言も出ていて、これを「テロ」と呼ぶべきものなのか判断しあぐねている。馬鹿げた事態がいっそう進行したというだけで、そこに内容はない気もする。底抜けの意味の不在。

退勤すると、それまでほとんど一色だったタイムラインが次第に日常へと戻っていって、どうなるかわからないという宙ぶらりんよりは、決定的な結果が出てしまった方が安定はするのだよな、とすこし頼もしく思う。僕自身、すでにすこし関心を失っていることに気がつく。悲観しかないが、それにとらわれていたいとは思えない。

カツ丼食べて帰ると、予想に反して夕飯は準備万端で、二時間足らずですごい量食べる。うそ。食べ切れなかった。おやつ食べ過ぎでご飯を残す子供のような後ろめたさ。

夜は三柴さんとツイキャス。先月末に出た竹書房怪談文庫全五冊を語るという会。非常に楽しく、二時間半くらい話し込んだようだ。僕自身よく喋る方ですが、高田さんや柿内さんと話していると、お二人と較べれば自分はまだ無口な方だなと思えます。そんなことを最後に三柴さんがおっしゃっていていて大笑いしてしまった。そう、僕はよく喋る。喋ってさえいればごきげんなのだ。

昨晩は満腹と酔いでよく眠れなかったから、奥さんも僕もすごく眠そう。

ゆっくりお風呂に浸かる。蒸れて仕方がないので腋や下の毛を剃る。このままうまく眠気をつかまえたい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。