2022.08.11

早起きできたので朝は高祖岩三郎。それから寅さんとイエス。キリスト教の話を奥さんとしていたら、ロミオとジュリエットは教皇派と皇帝派の対立だけれど、ロレンス神父はどの立場なわけ? という疑問が提起され、考えたこともなかったので面白い。いくつか検索して読める論文を読んでみたけれど、アーサー・ブルック版では明確だったカトリック批判がシェイクスピアにおいては曖昧になっているだとか、とにかくシェイクスピアの時代においてもセンシティブな政治闘争はふわっとさせておいてエンタメに徹するという態度があったのかもしれない。さ、お出かけだ。

今日は亀戸〜錦糸町エリアでお散歩デートの予定で、そもそもは釣り堀に行きたい気持ちを釣船茶屋ざうおで満たそうというのが発端だったのだけど、二人とも釣りたいだけでそこまで魚の口ではなかったのでお昼前には出かけて船橋屋本店を経由することに。奥さんはくず餅のことをずっと消しゴムと呼んでいたのだけど、お店で食べる出来立て──とはいえ製造には450日かかっている、僕はそれを立石俊樹の発酵番組で知った──はとびきり美味しくてびっくりした。楽しさをようやく知った気がする。この時点でわりと満足げな二人はお隣の亀戸天神を冷やかして、亀の溜まり場を見つけてはしゃぐ。トーニョを飼うまで亀にここまで興味はなかった。トーニョをうっかり縁日に掬ってしまったからいまの二人の亀好きがある。決定的な決断とはいつでもなんとなくなされるものなのかもしれない。そういえば結婚もプロポーズとかなく、そろそろ日取りでも決める? みたいなノリだった。就職もなんとなくで思い込んでぬるっと決まったし、大学も高校もその場のフィーリングでしかない。オフシーズンの藤棚。『男はつらいよ 寅次郎夢枕』の八千草薫のいじらしさを思い出す、というか昨晩欄干をなぞるシーンをわざわざ見返した。森本あんりのキリスト教史とアナキズムと寅さんをまぜこぜにして読んでいて、とにかく僕はいま価値観の統一などという幻想はもう持てず、相容れない他者との共棲のための具体的な妥協と調整に関心があること、いま僕は改めて寅さんを観返したくなっていることを思う。未知への憧憬よりも、既知の再点検にこそ何ものかがある。ただしく中年じみてきているということだろう。知ることよりも、思い出すことで暮らしていきたい。いまの目で過去を見ることは、驚きに満ちている。

亀戸を歩き、後藤明生が南京豆を買ったのはここだろうか、豆屋のガラスケースの上で猫が溶けていた。ざうおではまず奥さんが鯵を釣り、今際の精一杯の抵抗にびびる。ぴちぴちと全身をくねらせ逃げようとするので、二回ほど捉え損ねてしまい、余計な傷を負わせてしまった。はやく楽にしてあげなきゃ、と奥さんは焦る。ようやく釣り上げて、ひっかけ釣りというのは体のどこかに針がひっかかればそれで釣り上げるというもので、餌に食いつくのを待ち構えるよりも明確な殺意が必要だ。鯵は塩焼きにして食べた。なんと残酷な遊びだろう、とすこし落ち込みつつ、僕は海老で鯛を釣りたくて鯛の生簀に釣り糸を垂らす。鯛は気持ちいいほどそれを無視してすいすい泳ぐ。縞鯵は鯛より二千円ほど高いから、物欲しそうに近づいてくると慌てて避ける。結局鯛は諦めてイサキの生簀に移ると釣り糸を垂らすや否や釣れてしまってこれはこれで手応えがない。お造りにしてもらう。釣り体験のためであって味には期待していなかったのだけど、案外いけた。二尾でさくっと終えて、梅屋敷を軽く冷やかす。亀グッズは思ったより少なく、ツボ押しと煎餅とどら焼きくらい。何も買わずに出ると表で日本舞踊が始まった。得した気分。復路では香取神社をひやかして、船橋屋は行列だった。さっきさくさく入店したところが行列になっていると気分がいい。自分の買ったものはさっさと売り切れて欲しいと願ってしまうのと同じ卑しさだ。

お腹に余裕があるのでオリナスの河童を指さしつつ一階のスポーツ用品店で奥さんのスニーカーを見繕ったあとは地下のあほやでたこ焼きを食べた。東京で食べられるたこ焼きでいちばん美味しいと思っているのだけど、ほかにあったら教えてほしい。フードコートのほかはマックとかサブウェイとかどこにでもある面々だから、関西からのあほやだけ異彩を放っている。いつまでもここにいてほしい。塩マヨで食べるのがベストだと知れた。

今度は北上して、大黒湯。男湯はロッカーが満杯で待つ事に。そのぶん奥さんはゆっくり楽しめる。ちょうど入れ替えのタイミングですぐに入れる。サウナも水風呂も温度はぬるめで物足りなかったけれど、二階のデッキでの外気浴はとてもよくて、台風の気配だろうか、強い風が熱った体に吹き付けて気持ちがいい。ハンモックからぼんやり空を眺めていると雲がびゅんびゅん移動している。風呂上がりは夕方なのもあって涼しく感じる。握った手がほかほかしている。亀戸餃子が気になるので一杯引っ掛けようと錦糸町店に行ってみるが完売で仕舞とのことだった。気を取り直して反対側の加賀屋にでも行くかねと繁華街に入ると奥さんが焼売の店を見つけてそこにする。サッポロラガーの中瓶を分け合い、焼売はそこそこだったがそのほかのつまみが美味しかった。バイスサワー、桃酒のロックを追加してごきげんに酔っ払う。

うきうき気分でそのままカラオケへ。酔っ払った僕の心は高校生で、東京事変の「私生活」で始める。「丸の内サディスティック」からの林原めぐみ。世で一番好きな曲、「恐山ル・ヴォワール」だな。歌いながらなんていい歌詞、いいメロディなんだろう、と思う。素朴に感動する。マタムネの笑顔を思い出している。それからもthe pillows などを歌う。青春とはシャーマンキングとSKET DANCEのことです。あとハガレン。ポルノとラルクを歌ったし、ワンピースもグランドラインに入るまでの輝きはやはり凄いもので、初期のオープニングを二曲歌う。懐かしい気持ちが高じてsyrup 16g まで歌ってしまう。蕎麦食いてえな。この頃の歌は久しぶりでもきちんと歌えるもので、こうやっておじさんは懐メロばかり歌うのだろう。僕の歌える今の歌は、エーステの曲とフランシュシュだ。エーステはしっかりセリフも読むし、フランシュシュはちゃんと口上まで再現する。

にこにこ帰路。夜風にいよいよ台風の接近を感じる。日曜に観劇の予定を入れてしまったが、直撃するとしたら困ったことだった。今日も風が強くて、日傘が何度もひっくり返った。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。