2022.09.18

今回は関東にまで来るかもしれない台風は、まだ九州の方だというのにまたも規模が大きいらしく、すでに雨も雷もものすごい。じりじりと接近しつつ明日は晴れ間もあるそうだから、台風の接近というのは単純にどんどん雨や風が強まっていくというものではない。大袈裟な雷の音を聞いて今日は一歩も家を出ないぞと決意する。だらだらと家で過ごす。Steam で買った『7 Days to End with You』を奥さんとやいのやいの言い合いつつ遊ぶ。三語か四語でなる単純な会話。モノに触れ、発話される音を聴き取ることでシニフィアンとシニフィエが徐々に一致していく。樫村晴香が赤ん坊の言語獲得について書いた文章を思い出していた。

図式的に要約すると、八ヶ月を過ぎても、人間は相変わらず他者に向け、既述の聴覚的自己循環、他者の応答聴取を「目的」として、発声=身体表出し続ける。すでに基底音の聴覚分節も、発声の構造化も進展し、視覚的な認知・再認は十分できる。他方、発声はもともと身体的緊張=感情の生み出す表出であり、正確にはそれ自体一つの身体緊張運動なので、緊張=感情の種類に応じ、発声の抑揚と音種は多少変化し、分岐しだす。例えば母親に対する依存的な気持ちの表出と、庭の犬を見て興奮する気持ちでは、「マー」と「バー」といったように多少異なる発声を生む。そしてこの分化は、応答する他者によって選択強化され、犬がいるときの発声は次第に「バウワウ」と構造化される。しかし子供にとって「バウワウ」とは、犬のようなものを見て興奮した気持ちを他者に表出する作用なので、猫でも自動車でも「バウワウ」でかまわない。最初に述べた「Bowwww」という犬語の意味作用と同様に、声と物が対応する必然性など、もともと人間の認知・身体制御系に存在しない(したがってこの時期の発話を言語学者が語の「拡張適用期」とよぶのは奇妙である)。しかし猫を前にした「バウワウ」は母親の反復拒否にあい、彼女はしつこく「ミャウ・ミャウ」と応答する。この結果、子供の脳には、「動くものを見てうれしい気持ちを母親に表出する」ものとしての「バウワウ」発声運動において、そこに猫がいたら聴覚的循環が成立しないことが記載される。この記載・分節は、既述した、聴覚入力は常に視覚と照合され、とりわけ特異な入力や入力変動は視覚と照合の上で結合強化されるという、動物一般の聴覚分節システムの延長上で行われ、したがって人間元来の認知・制御系上で、ごく自然に進行する。つまり再整理すると、他者の反応と全体状況の視覚認知が結合補正信号として作用する、聴覚分節の過程の中で、回帰する「バウワウ」音の発声源が、「母の視覚」から「猫を伴わない母の視覚」に補正され、その結果自己の「バウワウ」発声のあて先=トリガー(引き金)も、同様に「猫を伴わない母の視覚」に補正される。

「言語の興奮/抑制結合と人間の自己存在確信のメカニズム 人工知能のための人間入門——その精神神経言語学的概要」http://www.k-hosaka.com/kashimura/tinou.html

こちらから発話して、庇護者に訂正されるというやりとりはそこまで多くないのだが、語彙を獲得し、世界を構築していくわくわくはきちんとあって、好きなゲームだった。世の中にはエスペラントを学習しないと相手と意思疎通がとれない恋愛ゲームもあるらしい。やってみたい。『ことのはアムリラート』、Steam でも「圧倒的に好評」だ。買うだろう。

それから「生活の批評誌5周年集会」のアーカイブを見る。テーマは”「個人メディア」という謎”ということで、雑誌もそうだけれど毎回テーマの切り口がほどよくねじれていてとてもいい。個人であることと、集団を形成することの、どちらについてもモヤモヤを抱きつつ、ひとまずの結論として個人での制作を引き受けている三者のお話は、そのまま『生活の批評誌』の読み口と近似で、なによりそれに感心する。『オフショア』も『トラベシア』もどこかで買いたい。お金と労働の兼ね合い、時間の確保の仕方など、突っ込んだお話がやはり面白く、ISBN っていくらぐらいなんだっけ、と検索したりした。自治。自治という言葉がごんとした質感である。独立性を保つとは、どのようなことか。貧乏であることは、むしろ自由度を狭めてしまう部分もあるが、金になるような環境は、そもそもの前提がまったく面白くなかったりする。けれども、金がない不自由以上の面白くなさがあるだろうか、と僕は思ってしまうようで、なるべく金の心配をしないでいたいというのが何よりも先立つ。苦労しないで済むための面倒をどの程度許容できるか。その質も量も個人差がものすごくある。誰もが苦労せず悪くなく暮らしていける世を目指すのが本来のはずなのだが、そんな当然のようなことすらも通じにくい風潮を感じてしまうのはなんとも虚しい。

厭世的な気分になりかけたので『7 Days to End with You』と一緒に買っていた『ディスコエリジウム』を始める。これは海外文学読みはみんな大好きなやつではないだろうか。冷笑的で過剰な文飾に塗れた饒舌。複数の人格から節操なく持ちかけられる脳内会議。クソみたいな登場人物。吐き気のする舞台設定。絶望的な状況。打ちのめされたおっさんのなけなしのユーモア。今日は周辺をぶらぶらしただけなのだが、二日酔いのためノロノロしか歩けないのかと思い込んでいて、靴を回収し、死体を検分し、ストを冷やかして、いい加減プレイのもどかしさに発狂しかけたところダブルクリックで走ってくれることにようやく気がつく。もう終える時間だった。

万歩計上は1700歩くらい歩いているが、これは昨晩が午前様だったからで、朝起きてからは500歩も歩いていない。目がしょぼしょぼする。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。