2022.10.02

慣れ親しんだ実家の布団で目覚め、導入されたという炭酸水メーカーでできたてのソーダを飲んでしゃっきりする。いつの間にか色々と新しくなった家電の便利さに驚きつつ、十何年前から使っているマグカップと平皿で朝ごはん。リビングのテーブルの上には、簡単に僕を歓迎する置き手紙と自転車の鍵がある。今日は重たい荷物の大半は実家に置いておいて、身軽になった体と、ご自慢の電動自転車で近辺を散策するつもりだ。──そういう、つもりだったのだ。

昨晩は日付を超えてから名駅前のビジネスホテルにチェックインした。とにかくシャワーを浴びたい。駆け込みの予約で最上階の角部屋。実話怪談によくある状況だ。思わず引き出しや額縁の裏側をチェックする。お札の類はないが、ものすごい埃でむせた。シャワーを浴びる。300キロメートルくらい離れたところにいる奥さんは、明日の誕生日イベントで応援している俳優へ渡すファンレターの清書で夜更かしだ。「サギョイプ」──あとで知ったがひらがな表記が一般的らしい、たしかにカタカナだと野暮ったい──というのをやってみることにして、僕はベッドに倒れ込み、ジェットストリームが紙越しに机を叩く音に耳を澄ませたり、奥さんとお互いの一日を報告したりした。冷静に記憶を遡ってみると、実家の鍵は実家に返したのではなかったか、という可能性が浮上して、そうであればどのみち僕が実家に単独乗り込むことはもとからできなかったのだ。そうでない場合、僕は東京に帰ったら家探しの必要がある。日記を書いてると、今日みたいなポカをやらかしたとき、自己嫌悪に沈む勢いよりもずっと強く「日記のいいネタができた」という考えが起こる。これは日記の効用だろう。つねに自分を対象化し、自分が苦しめばそのぶん内容が可笑しくなる。自分のやらかしも日記の内容に奉仕したのだと捉えることもできる。まあ、ほんとうにダメなことをしたときは日記に書けないのだけど。自分のことならいくらでも笑える。この二時ごろ書き終え、眠る。いつもより深い眠りだった。

べつだん珍しくもない、東京にもあるようなカフェで朝ごはん。フレンチトーストにクリームのトッピングをお願いしたら本体の体積と同じくらいまでもりもりにクリームを載っけてくれて愉快な気持ちになる。東京にもあるが入ったことはない店だった。駅前のとっきんとっきんのオブジェは本当になくなっていた。あれはダサかったからなくなってよかった。

一社駅で降りてなんとなく歩き出したら香流川まで三十分強かかって汗だくだった。私設図書館もん。土山さんにご挨拶。十二時半に待ち合わせなのだけど一時間は前に着いておしゃべり。お互いの好きな音楽の話が楽しい。南森町さんも来て、タルミチさんも来て、みんなクラフトコーラのソーダ割りをいただく。豆乳で割るとチャイみたいになるらしい。たしかに言われてみれば。午後からは近所の中学生が遊びに来るらしく、そのうちのひとりが大富豪の達人らしい、などと噂をしていたら達人がやってきて、さっそく一戦。南森町さんが一位で、僕が二位だった。達人が強いというよりも、土山さんが弱かった。勝利の余韻に浸りつつ近所のスープカレーを食べに行く。ここでも知らない本屋を教えてもらったり、あれこれと面白い話を聞かせてもらう。もんに戻ると、はっぴいえんどのレコードを聴きながらコーヒーを啜ってのんびりする時間があって、こうしてなにをするでもなく他人と時間を共有するというのはとても良いな、と思う。なんだかとってもプレシャスだ。中学生たちは二階でごろごろして、しまいには昼寝してたらしい。階下に来たところでボードゲームで遊んでもらう。お題の札と数値の札のに種類があって、お題の札は場に一枚だす。お題の札には「飲み物の人気」だとか「歴史上の人物の強さ」だとか書いてあって、それぞれ一枚ずつ引く。数値の札は1から100までの数字が書いてあって一枚とって手札にする。手札は人に見せてはいけない。数値が大きいほうがお題との適合度合いが強く、小さいと弱い。たとえば「飲み物の人気」の場合、「2」を引いた小学生は「泥水」と表現する。数値を言うのも禁止。たとえば僕は「47」を引いてそれを「麦茶」とする。参加者の全員が手元の数値とお題との合致具合を具体物で表明して、そのあと相談しながら裏返したまま手札を小さい順番に並べていく。よしとなったら表にする。みごと数値がきちんと並べられていたら成功、並びがガタガタだと失敗。そういうゲームで、小学生から中年までいる場で「強いゲームのキャラ」などがお題になるとお互いのギャップを考慮しながら喩えることになるからものすごく頭を使う。白熱して、二時間ちかく遊んでいたのではないか。アニメが好きという中学生が人気のアニメの「17」とかを、奇面組、と宣言して奇面組の世代の超えかたに笑ってしまう。最年少の小学生は向かいに住んでいて、シャワー浴びてくる、と帰ったと思うとさっぱりして戻ってきて、すっかり第二の家だった。おもわずバスの時間ギリギリまで遊んで、相手をしてくれた子供たちに手を振って別れた。大人だから子供の相手をしてやった、ではまったくない。子供が大人の相手をしてくれたのだ。子供たちの気遣いと、一緒に全力で遊んでくれたことが嬉しくて、ありがたい。すでに眠くて、これからトークイベントなんて嘘みたい。一緒に遊んでいた大人二人もこのあと客席に座る。変な感じだ。

ON READING に早めに着いて、店内には松井さん、さわや歌さん。知っている人が多くて楽しい。ギャラリーに移って青木さんと静かに話し出す。開場して、見知った顔もちらほらあって頼もしく、今日も調子よくびゃんびゃん喋った。ゾンビの話は、あ、この場に求められてないな、というのをひしひしと感じつつも止まらなかった。大丈夫だったろうか。黒田さんたちが楽しそうだったからまあいいか。毎回そう思ってる気がする。閉会後もギャラリーで立ち話をして、近所の美味しいピザ屋で打ち上げ。めっちゃいい怪談を聴かせてもらって、思わず揉み手をして興奮する。よく笑った一日だった。

ようやく入れた実家の風呂で、信じられないほど重たい瞼をこじ開けながら日記。早く寝たい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。