週末に名古屋に行って遊び惚けた反動や、えぐい寒暖差による自律神経の乱れによって、ほとんど動けないまま金曜日にまで流されてきてしまった。
ほぼ毎日を家に引きこもって過ごし、金曜になってようやく外に出ると膝がみしっと音を立てて痛む。冷たい雨がこたえる。僕が家にいる間に世界は着実に進んでいて、みんなしっかりコートを着込んでる。半袖に薄手のジャケットを羽織っただけの僕だけが間違えていて、寒さに震えることになる。
みんなは間違えないですごいなあ。
そう思うが、おそらく誰もが同じ程度には間違えている。間違えないで済むことと、間違えるしかないこと。おのおのの得意とする場面が違うだけだ。
とにかく頭が動かなくて、打鍵する指すら重い。
本もあまり読めないが、『ホラーの哲学』のように、一から順番に積み上げていく分析的なもののほうが頭に入ってくるようで、飛ばさず地味に点検していくような足取りがいまはちょうどいい。今週はずっとこんな調子だから移動中や仕事中はピンクノイズやブラウンノイズを耳元でつねに流している。
夕方ごろようやく動き出せて、コンビニでLサイズのコーヒーを買ってがぶ飲みするとすこし調子を取り戻す。機械学習で古代マヤの管楽器の音を再現したというアルバムを聴いて、かなりいい感じのアンビエントでぐっとくる。そこからだんだんと景気をよくしていって、最後はビヨンセにまで辿り着く。
僕は基本的に気遣いのできない人間というか、他人のフィールドではボケーっと突っ立ってなににも気がつくことのできないのだが、自分がホストの場合はけっこううまく立ち回っているから、これもまた適性の問題なのだろう。僕は僕が主人でない場所で、言われないうちから別の主人の望むように動くということがどうしてもできないようだった。無理に気を回そうとしても苦しいだけなのは身に染みているし、開き直るしかないのかもしれない。
指示を受けるまでは何もしたくない場所もあるし、何を言われてもやる気が出ないようなこともあるし、指図を受けずに自分で動きたい領分もある。それだけのこと。