朝はあまりにつらくて、ぶふうぶふう、と息を吐きながら起き上がった。通勤の頻度は上がってきたし、電車の混み具合も元の木阿弥。感染症はクソみたいな通勤文化を滅ぼすことはできず、ただ三年近くを不安と無為に染めただけだった。このように荒みきった気持ちの水曜日、みなさまはどのようにお過ごしでしょうか。僕は歩くたびに体のどこかしらで音が鳴ります。
一日中、声には出さず文句たらたら働いていたが、誰ひとり当事者意識を持たない現場のやるせなさは置いておいて、用事が詰まっているほうが労働の具合は良かったりする。手を動かしているとだんだんと動けるようになってきて、むしろ元気といってもいい。合間の時間で選書リストのたたきを作ってみる。元気は手から。手を動かせば動かしただけもっと動けるようになる。勝手に用事を作って忙しくするのは僕の得意技だが、最近は用事が足りないのかもしれない。日照時間の減少によっててきめんに元気がなくなっているから、もっと用事を増やして、面倒くさい、とぼやきながら楽しく動き回っていたほうがよさそうだった。
『ホラーの哲学』はいよいよ佳境。ついに「なぜ嫌悪や忌避を感じさせるホラー映画のようなものをわざわざ求めるのか」という問いが提起される。わくわくの最終章だ。きょうはここまで辿り着いたところでおしまい。
蜜柑とか梨とか葡萄とかをむしゃむしゃたらふく食べたい気分が突然やってきた。食べたい。
