2022.10.13

午前中ギリギリまで布団のなかで粘って、やや遅刻気味で歯医者へ。ここの歯医者はものすごい速さと効率でチャキチャキと患者の口内環境を改善していくので、武蔵の一乗寺下り松の七十人斬りを思わせる。嫌いではない。歯医者に長居したくないし、べつにパーソナルな接客を期待してない。僕らはあくまで処理すべき数に過ぎず、すこしの遅刻すら彼らの進行に大きな影響を与えてしまう。遅刻が申し訳なかったが、乱入してきた予約なしのお婆さんが現場の慌ただしさを意にも介さずゆっくりとお喋りを始めたのを見て、僕はあの婆を見習うべきだろうと思う。自分のペースに巻き込んでいく技法というのを意識的に行使していかないと、どんな場面でも自分を効率のための数値として扱うことに慣れ過ぎてしまう。いつでも個人でいたいとも思わないし、歯医者では黙って口を開いていたいけれども、場の論理に譲らない婆のスタンスは格好いい。

きょうは一人の休みだから散歩をしながらのTwitterが捗って、久しぶりにまともにタイムラインを見ていたらたくさんゲェしてしまった。ゲェは続く二段落のようなものだった。

もうずっとだ。ルールを作ったり(立法)、ルールに則った運用になるよう管理したり(司法)する機構を無視してプレイヤー(行政)が好き勝手ふるまうのが常態化してるの、キモすぎる。融通が効かなくて非人格的なのがルールの大事なところなのだ。なあなあの現場感覚で適当に曲げられる、柔軟で人格的な運用によっていちいち全員の生活が左右されるの、怖すぎるでしょ。人よりルールのほうがマシ。なぜならその場の空気で変わったりしないから。この「変わったりしない」への信頼を台無しにし続けてるのがいまの行政。面倒でノロマな手続きがルールへの信頼を作るんだよ。雑に済ますなや。

中学高校と、人の服装や髪型に口出すクソみたいな校則が幅を利かせてたのだけど、あのクソによって「ルールはクソ」みたいな感覚を植え付けられたことがなにより害悪だったなと思って、いま思い返しても憤りで震える。まともにルールがつくられ、運用される経験がないことこそが諸悪の根源では。自分で本や絵を作って売ってみるとか、歌や踊りやお芝居を練習して発表してみるとか、そういうの皆やったほうがいいと思うのは、制作の過程で、自らがルールの主体者なのだという感覚を手の平サイズで獲得できるはずだからで、上手とか下手とかウケるとか売れるとかはどうでもいい。

たくさんゲェ出てすっきりした。

東京駅の改札内のギャラリーで光線さんのぬいぐるみを彷彿とさせるイエティのぬいぐるみの受注販売があると歯医者の待合室で見たツイートで知った。それで東京駅に向かって、イエティを眺めると隣のネッシーのほうがべらぼうに可愛くて、胸が、キュッてなってしまった。黄金色の瞳が、つぶらで、たまらなかった。ネッシーをお迎えすることに。そして、棚の裏側には光線さんのもふもふたちが! まさかこんなところで実物が見れるなんて。いちばん欲しかった毬栗の子も一緒に連れて帰ることに。雨じゃなかったら公園で撮影会したのにな。同じ駅ナカのガチャポンコーナーでおばけも引いた。愛くるしいものどもをたくさんぶら下げながら移動。

一年半ぶりくらいに美容院に行って、可愛くしてください、とお願いして可愛くしてもらう。最近はダンベルで遊んで腕を太くしたり、胸を大きくしたりして、オスオスしさに磨きをかけていたけれど、僕はやっぱり可愛い僕が好きだな。

近所のカラオケに入って、元気いっぱい大きな声で歌った。テーブルの上に愛くるしいものどもを並べて、僕がお腹から声を出しているところを見守ってもらう。一人でカラオケするのは初めてだった。カラオケは一人で行くものだと思った。歌詞も音程も気にせずに大きな声出すことを目的に歌うのは気持ちがよかった。十五年ぶりくらいにJanne Da Arc やバンプやエルレを歌った。このころの歌は気持ちよく歌えるな。それは高校生のころバカみたいに繰り返し歌って体が覚えてるというだけのことではないだろう。「花の塔」を八回くらい歌った。『リコリス・リコイル』は思想としては最低なのだがアニメーションとしては最高で、歌もとても好きなので歌えるようになってよかった。最後のほうは大声でわあわあ歌えるようになった。大きな声のほうが歌える歌もあるのだな、と思ったし、「バス・ストップ」や「ひまわり娘」は元気いっぱい歌うと情緒が台無しになってよかった。高橋優の「ボーリング」でおしまいにするつもりが、汗だくで「sailing day」を歌ったらけっこう上手く歌えて満更でもなかった。

趣味ができた。ぬいぐるみとカラオケ。ぬいぐるみと一緒にカラオケ、ではない。趣味一がぬいぐるみで、趣味二がカラオケだ。でもぬいぐるみとカラオケに行くのも悪くないかもしれない。不気味だけど。今日の僕は不気味だったわけだ。

帰宅してネッシーの可愛らしさに奥さんと一緒に悶えた。もうすでに歌いたくなってきた。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。