精算の結果、今月のお小遣いは五千円くらいだ。事前に家計から借りていたのだから減ったわけではないのだが、減った気がする。給料のほとんどを家計の口座に移す。寒いので温かいものを、と蕎麦屋に入るともり蕎麦のほかはぜんぶ二千円近くする店だった。お小遣いの残りは三千円。これで来月までどうにかする、というわけでもなく切り崩す蓄えもあるが、久しぶりにヒリヒリする金銭感覚が立ち上がる。いや、いつであれ二千円のランチは高い。しまったことだった。
明日引き落とされるカードの利用額もものすごいことになっている。なんでこんなことになってるんだ。五桁の買い物なんて名古屋の往復の交通費と、ラコステのズボンくらいで、ほかはせいぜい四桁の買い物がちょこちょこあるだけだ。たとえば本屋での散財や、漫画の電子版の購入や、ゲームや、映画館やライブのチケットや、ホラー映画のレンタルくらいで、うん、わざわざ明細をもとに手元の電卓で足していくと、あたりまえだけども確かにこの額になるんだけど、すごいな、浪費家じゃん。
日々の浪費も、地名も人名も、何年に何があったかも、クラスの人間関係も、二限の授業が何だったかも、組織図も、承認のフローチャートも、なにもかも覚えていられない僕は、いつでもこの社会で現在地のほかなにも把握できないまま、ぼんやり立ち尽くしているような気分がある。僕は望まずとも「いまここ」しかない人間なのかもしれないと考える。いまここに注意深いわけでもないから、あっさりと大事なことを見逃す。頭をしゃっきりさせたいが、一日のうち頭脳明晰なのってよくて一時間とかで、あとはもたついてる。一週間でのべ五時間あればいいほうだ。それなのに、今日は調子がよくないな、などと、到来することのない「一日中冴えてる日」を想定し、そのユートピアに向けてあらゆる面倒ごとを繰り越すのが人間というものの愚かさだ。愚かな人間である僕は、コーヒー飲めばすこしは冴えるかも、とさらに百円ちょっとを失ってカフェイン汁を入手する。外で仕事をすると移動のくたびれを慰めるために一日で千円とか平気で失うので、会社から手当てが出て然るべきだと思う。また、家で仕事する場合は通信費や光熱費が嵩むので、会社から手当てが出て然るべきだと思う。そもそも働きたくないのに働いているだけですごいことなので、会社から特別手当てが出て然るべきだと思う。僕の平たい後頭部が、ぼわーっと膨らんでいくような感覚がある。一刻も早くこの後頭部を枕に押さえつけたい。背中もだるさがあるし、マッサージとか行きたい。三十分で三千とか四千円とかだ。いやいや、お小遣いを一日で溶かすつもりだろうか。怠惰さを金で免罪することなく、素直に運動不足を認め、ストレッチなどするべきだ。椅子に腰かけたまま骨盤を立てて、肋骨を持ち上げるイメージで頭のてっぺんから背筋までをまっすぐ引っ張り上げる。これだけでだいぶ気持ちがいい。さらに肩甲骨をめりめりはがしたり、あらゆる筋肉を伸ばしていくとぽかぽかしてきた。いま僕に必要なのは、金で気晴らしをもとめることよりも、冷えに負けない運動量だった。知ってた。
