2022.10.30

朝は八時。最近の自分の体たらくからすると画期的な早起き。奥さんと鶏カツサンドを食べて、家を出る。奥さんを見送って、池袋に出る。僕は池袋が本当にわからず、乗り換えを一人でできる気がしないのだけど、今日は奥さんはいないので、もちろん一人で何とかできた。けれども、東武東上線に乗りたくて、「東武東上線」と書かれた看板を追っていたのに、肝心なところで「TOBU」になって「東武東上線」が見当たらなくなる。まったく池袋駅というのは、人を目的地に差配する気が感じられない。そういう不満もあるにはあった。川越行きの特急に乗ってしまって、これでは霞ヶ関に止まらないらしい。車内アナウンスではしきりに小江戸観光を楽しんでね、という祈りが届けられる。川越市駅で乗り換えて、特に問題ない。

霞ヶ関駅前の道の、歩道がない側を歩いてしまって恐ろしかった。個人経営なのだろうか、とてもイカした風体のファミリーレストランがあって気になった。懐具合が心許ないのと、朝が重たかったからきょうは昼を食べないかもしれないけれど、食べるならここだろうかと考える。道は薄紫の山の影までまっすぐに伸びていて気持ちがいい。商店街は仮装した子供たちで賑わっていて、フリーマーケットが催されていた。魔女やスパイダーマンがおもちゃやビーズ作品を商っていて可愛らしい。感じのよい店の軒先にコーヒーの出店があり、そこの二階がつまずく本屋ホォルだった。階段を登ってすぐに『雑談・オブ・ザ・デッド』が面陳されていてありがたい。棚から溢れた本の山が楽しげ。うきうきと本を眺めていく。二十分くらいじっくりと棚を遊んで、『ゾンビと資本主義』が見当たらず、在処を問いつつ深澤さんにご挨拶。バインダーに挟まれて飾られている『生活の批評誌』の五周年ペーパーを読ませてもらう。ここに書かれたエッセイもよくて、このペーパーのためだけにでもイベントにリアル参加したかった、と惜しまれた。古本と新刊の混在した棚の密度や文脈は面白い具合に混沌としていて、それがとても楽しい。ド・マンの文庫がぽんとあったり、いぬのせなか座の本が散在していたり、半世紀ほど前の子供達に向けた性の教育書みたいなあやしげな本が無造作に積まれていたりする。新刊が未知の古本のように、古本が新刊のように見えてくるところがいくらかあった。ゾンビのほかに、『ゲンロン』の慰霊や幽霊的身体の号、『真景累ヶ淵』の文庫などを買う。幽霊とゾンビにまみれてる。『読書のおとも』にはさわや歌さんのサインがあって、これにもサインしたい、と思う。『プルーストを読む生活』から『あまり読めない日々』までの日記本にサインして、『雑談・オブ・ザ・デッド』にもサインする。Ryotaさんはサインに日付を書いていて、だから僕も三週間遅れの日付を入れておいた。時間差。これは一冊くらい売れているのかな。世にRyotaさんのサインだけが入った『雑談・オブ・ザ・デッド』が存在しているとしたら、それはとてもレアなので大事にしていただきたい。『代わりに読む人0』はさわや歌さんと太田さんのサインがすでにあってかなり豪華な本に。

外の通りのお祭りの熱気を帯びて、人が次々にお店にやってくる。わっとやってきた一行は夕方から路上でパフォーマンスをするとのことで面白そうだったのでそれまでは長居しようかなと考える。昼代わりにオカメサブレとコーヒーをいただきながらカフェスペースで「庭」のフリーペーパーに寄稿する。このフリーペーパーはホォルの棚にかけられていて、ある一文から想起したことを自由に書いて勝手に寄稿することができる仕掛け。先人たちの原稿もたいへん面白く、僕も好き勝手に書いた。この文章はホォルでしか読めない。感想を書いてください、ではなく、一文だけ提示されて余白に私見を書き込んで欲しいという提案の仕方は、書き手側の自由度をぐっと広げる発明だと思う。この遊びで勢いがついて、書きものや読書に耽っていると余裕で夕方になっていた。深澤さんと録音しようかとも思ったけれど、隙がなくて断念。また今度来たときにしよう。一六時半になって、路上で黒板に猫の顔が描かれていく。歌が歌われ、人が集まってくる。黒板は子供たちに解放され、あっという間に猫は塗りつぶされて色とりどりの模様に変わる。その傍らで二人のダンサーが踊っている。歌われる曲はキャッチーなもので、誰もが気張らず手拍子を送る。いい雰囲気だった。終わりの挨拶の途中でふっと退散する。夜はここから2時間弱かかる場所で飲みの約束があるのだ。地下鉄は苦手で、乗り継いでいくうちにすこし頭が痛くなってきてしまいすこし不安だ。検索していた普段の時刻表が今日だけは順番が前後していて、ホームで途方に暮れかけたけれど、遅刻することはなさそう。

鐘ヶ淵の魚真。先に着いて、赤星をお供に『真景累ヶ淵』を読んでいた。ここは鐘ヶ淵で円朝は累ヶ淵。ややこしい。落語の本を肴にビールを飲むのはたいへん楽しいことがわかった。久しぶりに会う友人もやって来て、にこにこ飲む。1500円の刺身盛りと500円の焼き魚だけで満腹になれる驚愕の安さ。ポテサラとあら大根も頼んでしまったので、終盤は闘いだった。これと瓶二本、日本酒二合でひとりあたり2000円強で、こんなことでいいんだろうか。騒がしさとタバコの煙も凄まじかったけれど、それを補って余りある美味しさで、ごきげん。帰り道、どんどん腹が膨れていってしんどかった。もう明日はなんも食べなくていいと本気で思うけれど、明日になれば不思議とちゃんとお腹が空くのも大人だから知ってる。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。