2022.11.01

奥さんが帰ってくる!

午前中には退院の報があって、今日は在宅にしたから一緒にお昼を食べられるかもしれない。手術が無事終わったらてんやの秋天丼を食べようね、と話していたのだ。秋刀魚、牡蠣、まいたけ、野菜のかき揚げという内容で、いかにも美味しそうだ。でも病院食の直後には重たいかもしれない。相談するとテイクアウトに寄って帰るというので楽しみだった。荷物持ちのために駅まで迎えに行くことに。チケットの発券もしたかったから早めに出ると、なんやかやでバスで戻ることにしたとのことで、それならお迎えは不要だった。おとなしく家に帰って在宅労働をしていると、扉が開く音がする。駆け出したい気持ちにかられたが、メールを打ってしまいたかった。送信を終えて、リビングまでの短い廊下で再会を果たす。にこにこしてしまうのを抑えられない僕の様子に、なんだかあなたのほうがたいへんだったかもね、と呆れる奥さんは元気そうだ。

天丼を食べながら入院中のあれこれをきかせてもらう。ナースステーションと看板に書かれたままであっても案内書きや口頭ではかたくなにスタッフステーションと呼称すること、急性アルコール中毒で搬入されてきた急患にあわただしくなるスタッフステーションから漏れ聞こえてきた「これでコロナだったら最悪」という呟き、手術当日にえらそうな爺さんが回診にやってきて意味の取れない呪文を唱えていったこと、病院食は案外味は濃くて量も多かった、朝食には食パンが二切れも出たこと。

原稿のチェックをしてもらって、納品。奥さんは誤字脱字についてはいってくれるけれど良し悪しのジャッジはあまりしない。生活については見ているものが近すぎて、どこまでが広く共通言語でありうるかの判断ができないし、文章全般に関しては触れているものが遠すぎて、こちらが想定読者としている人たちが当然有しているであろうと僕が想定する文脈をまったく共有していない。

枕が変わるとやはりあまり眠れなかったようで、食後は布団でごろごろと漫画を読んでいたかと思うといつの間にか部屋の明かりが消えていて、寝ているのだと思う。そこそこまじめに働きつつ、BGMに『ヘル・レイザー』を観る。嫌悪のフルコースのような内容で、ノエル・キャロルのクリーチャー論の格好の教材になるだろう。

優れた怪物映画として観る評をTwitterで見かけて久しぶりに観たくなったので、仕事のケリをつけてからは『ノーカントリー』。高校生のときはスペクタクルを期待してやや肩透かしを食らったような気がするけれど、年々この面白さがわかってきたというか、こういうのこそ面白いやんけという気分になってきている。ガキの自分には、映画の「いちばんおいしいところ」だと思っていた部位をあっさり切り落とす格好よさは理解できなかっただろう。チェーホフの『かもめ』を初めて観た時の、なんでドラマティックなところを幕と幕の間から読み取ってね、みたいな感じに委ねちゃうの?そこがいちばん面白いところじゃない?と戸惑った。ドラマティックなところ、決定的な場面は、正直あまり代り映えしないから、何度も描くものじゃないのだ。多彩であり、肝心なのはそこに至る過程のほうなのだということを、しかし僕はいつの間に学んでいたのだろう。優れた怪物映画は、画面の強さではなく、恐怖の文脈を構成していくことで怪物を怪物たらしめるのだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。