2022.11.04

在宅のほうが労働がはかどるかというと、正直よくわからないというか僕はいつだって勤労意欲は低いのだが、事務所で無為に過ごす時間を家だと平気で読書の時間にあてることができるので、僕自身の生活がはかどるのは間違いない。賃労働より僕の生活が大事であるのはいうまでもないことである。通勤するとまず朝の電車の不愉快さですべての気力が霧散し、事務所につく頃にはなにもしたくなくなるし、マスクをつけっぱなしにするのも邪魔くさい。呼吸が浅くなり、頭がぼーっとしやすい。そのくせ隣のデスクのガサツな人がマスクを外して会議しているとぞわっとする。手隙の時間に堂々と本を読むわけにもいかず、なんとなく何度も確認した資料をザッピングするなどで時間をつぶすことになる。それもできなくなると気晴らしに日記を書くことになる。日記を書いているととにかくパソコンを叩いているという格好はつく。家にいると本を読んでいたり映画を観たりしているから日記は書かれないで、今日のように夜にまとめて書かれる。だから短めになたり、ただ具体的なあれこれを記録するに留まることが多い。外に出るととにかく何か思いついたら手すさびに日記を書くことになるから、内容が充実する。日記の量はその日の僕の退屈と行為の制約具合によって決まる。一日の内容が濃い日ほど日記はそっけなくなるし、空疎であるほどに饒舌になる。

どんなに多忙な労働日であっても間隙はあるもので、『プルーストを読む生活』のころなんかは結構しんどかったのだが、だからこそふっと湧いた空白のような時間を逃すまいと本を読み、日記を書いていた。今はだいぶ楽チンだから、読むのも書くのもすこし締まりがない感じになる。それがこの一カ月は久しぶりにまたきつめになってきていて、読書や日記がシャンとしてきた感じがある。悲しい生き物だ、と思う。のびのびとさせるよりも、すこし追い詰めたほうが旨い汁が出る。

『INSCRYPTION』は奥さんが操作して、横から僕がわーわーと口を出すという遊び方が定着してきている。白熱すると僕は、ほらこれをああすれば三点返せるよ、まずここはリスを引いて、などと早口でぜんぶ指図するようになり、奥さんがミスをすると、ああ! などと大袈裟に悲嘆の声をあげるから鬱陶しかった。それでも奥さんは秤の点数計算がいまいちピンときていないため、僕に従った方が上手い結果になるのもわかっていて、僕が暴走した時だけ静かに諌める、そんなふうな具合の悪くないチームだったのだが、奥さんの集中力が切れて僕が操作する段になると、ことを急ぎがちな僕は浅慮な手番を重ね、あっという間に負けそうになる。横から口出す時は冴えてたのに、自分でやるとなるとパッとしないね、と奥さんと笑っていたのだけれど、冷静に考えてどんどん落ち込んできた。僕はおそらく人生相談とかに調子よく正論をかますタイプの人間であり、そういう類の人間というのはとにかくアドバイスをするとき実体験が不在だから理屈の上での正解をドヤ顔で断言できてしまう。他人からのプレッシャーや利害関係の錯綜、時間や予算などの制約、自分の臆病さ、いざ現実に実行しようとすると必ず立ち現れるままならなさを平気で棚に上げられるからこそ、「客観的」で「冷静」な、取るべき行動の一般論を提示できてしまう。それは恐ろしい鈍感さなのだ。そうした「賢さ」や「強さ」には、具体的な個人の経験も、感情も、感想も何もなくて、ただシステマチックな正誤チェックだけがある。外野からはいくらでもいえるのだ。じっさいにゲームをプレイする本人は、多くの相反する思惑のなかで奔走する泥臭い調整や、決断の現場での足がすくむような怖さがまず目の前にあって、それらをどうにかやりくりしながら都度都度の最適な判断を下し続けなければいけない。正誤を決めるための判断基準が濫立しているなかで、とりあえずの選択を積み上げていくこと。その割り切れなさや、もどかしさこそが本人であることの難しさなのであって、他人事であればどれだけでも正解できる。評論家が嫌われるのは提示する正論の「正しさ」ゆえではない。大抵の場合、人は自分の仕事の正解がどんなものであるかはわかっている。正解に至る最短経路を指摘するだけではどうにもならないと痛感しているからこそ、よりよい迂回路を模索しているところに、みんななんでそんな遠回りするんですか? その正解に行きたいなら最短経路はこっちですよといわれても、机上の空論にしかならない。そのことにイラッとするのだ。それでもなお、愚鈍に正解のありかを示し続ける批評家のようなよそものは必要でもある。なぜなら実践者というのは、目の前の対処に追われるうちに、あっさりと自分がどこに向かって歩いていたのだかわからなくなりがちな存在でもあるからだ。興醒めな正論は、誰も気がついていないことだからありがたいのではない、誰にとっても自明の前提であるが故に顧みられなくなってしまったタイミングで発せられるから助かるのだ。あれ、なんの話だったんだっけ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。