2022.11.18

昼休み。Twitter がTwitter の話題で持ちきりで、書きかけだったニュースレターのエッセイに加筆するといい感じにまとまった気がする。うっかり時事エッセイを書けた感じがあって愉快。

夕方ごろから気圧の影響だろうか、全身の倦怠感がすごくてたいへんだった。気圧予報アプリの数値と体調との相関関係があまりなくなってきていている。気象病が単なる疑似科学や錯覚ではなさそうだということは実際の体感からも考えているのだが、気圧は一要素に過ぎず、湿度や寒暖差がより大きく影響しているように思える。湯あたりのような重たさとだるさ。動けないな、と困る。

気晴らしに散歩して、無印で烏龍茶とクランベリーヨーグルトチョコを買う。休憩所でゆっくり食べる。寒くなってきてトイレの回数が増えた。もとから多かった。日中に三度も四度もトイレに行く。煙草をやらない僕にとって、労働日のトイレは小休止なのかもしれない。すぐに多汗気味になる手のひらは今日はカサカサで、びちゃびちゃかカサカサかしかないのは困る。でもじっさいそうだ。しっとり温かで固い手のひらに憧れる。

毛皮のマリーズの『Gloomy』を聴いて自分を盛り上げようとする。結局なんだかんだで2010年前後の音楽にいちばん自意識を預けているから、このころの音を聴くとあっというまに最強になれてしまう。なんだかんだで自意識過剰な人というのは魅力的だよな、という気持ちと、でもそれは若い時だけなのだよな、というさみしさが去来する。前髪をちねりながら猫背で歩いてもみっともないだけの年頃、こぎれいにして背筋を伸ばしたほうがいいに決まっているのだが、弱っている時期は弱くても汚くてもなんでだか格好よいとも言えなくもなかったサブカル男子の在り方が懐かしくもなる。元気がない時、ただ草臥れたおっさんではなく、枯れた魅力、みたいに言い切れるような図々しさや小手先のテクニックを覚えていきたいのだが、そういうのみんなどこで覚えるんだろう。そもそも何かの猿真似でそれっぽくみせたいという浅はかさがちっとも枯れてないのではないだろうか。みっともなくはなりたくない、という虚勢のおかげで、けっきょく僕はみっともないまま半端なところにぶら下がってしまっているのではないか。じっさいのところそこまで深刻に悩んでいるわけではなく、でもいま自分をどのようにプロデュースしたいのかわからない、という事態はあまりなかったことなので面白い。というか、そもそも自己演出みたいなものに飽き飽きしているのかもしれない。しかし、内在的な欲望だけで自分をどこまで動機づけられるかはかなり疑問だ。ある程度は報われたい。ある程度とは、パーティーができる程度だ。パーティーがしたい。今年は20回くらいクリパがしたい。おめかししたりしなかったりして、美味しいものを食べたり食べなかったりしたい。文フリいけないし、本売る会合をべつで催してしまいたい。そんな気力がいまの自分にあるとも思えない。眠い。せめて最後に金の借り方教えてよ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。